広報誌「ORORIN」 vol.20
学長と語ろう!学長×卒業生 クロストーク in3キャンパス
モデレーター 西田(以下、モデレーター省略):
本日はお忙しい中、島根県立大学広報誌「ORORIN」企画「学長と3キャンパス卒業生座談会」にご参加をいただきまして、ありがとうございます。本日進行させていただきます、浜田キャンパス第1期卒業生の西田奈都美と申します。よろしくお願いします。本日の座談会では、島根県立大学山下一也学長とそれぞれ異なる分野で活躍されていらっしゃいます3名の卒業生の皆さんをお迎えしています。大学時代の思い出や、現在のお仕事、また山陰で働くという選択をされたことなどについて、お話をいただきたいと思います。それではまず、学長、ご挨拶をお願いします。
山下:学長の山下一也です。本日は3キャンパスを代表して卒業生3名の皆さんにお集まりいただき、誠にありがとうございます。広報誌「ORORIN」では、大学の現状を県民の皆さんや高校生の皆さんにお伝えしています。今回は卒業生の皆さんに入学から大学生活、そして卒業後の現在についてお話しいただくことで、高校生をはじめとした県民の皆さんに、島根県立大学がどのような大学なのかを知っていただける機会にしたいと考えております。どうぞよろしくお願いします。
西田:学長、ありがとうございました。それでは、皆さんにもご挨拶をお願いしたいと思います。まずは、浜田キャンパス卒業生の白根慎介さんからお願いします。
白根:こんにちは。白根慎介と申します。私は浜田キャンパスの第1期生で、総合政策学部を2004年に卒業するまでの4年間、浜田で過ごしました。現在は、地元の民間放送局である山陰中央テレビに勤務しており、出雲から西部、浜田市などを中心にテレビコマーシャルの営業やニュースの取材対応など、テレビ全般の業務にも携わっています。どうぞよろしくお願いします。
西田:白根さん、ありがとうございました。実は私は白根さんとは同級生で、浜田キャンパスの第1期生です。 続きまして、出雲キャンパス卒業生の松岡文子さん、お願いします。
松岡:よろしくお願いします。出雲キャンパス卒業生の松岡文子と申します。私は県立大学になる前の前身校、県立看護短期大学の第1期生です。1998年に看護学科を卒業し、翌年には専攻科(地域看護学専攻)を修了しました。専攻科では、保健師や養護教諭などの資格取得に向けた学びを深めました。その後、現在勤務している県立中央病院に就職し、現在は外来部門および中央検査部門の両方を管轄する看護部長を務めています。この間、さまざまな場所で経験を積んできましたが、今はこの病院に落ち着いています。本日はどうぞよろしくお願いします。
西田:ありがとうございました。続きまして、松江キャンパス卒業生の山脇典子さん、お願いします。
山脇:松江キャンパス卒業生の山脇典子と申します。1992年3月に卒業しましたので、かなり前の卒業生になります。県立大学が設立される前の島根女子短期大学の卒業生です。専攻は文学科の英文専攻で、英語の文学を中心に学び、2年間英語とともに過ごしたことが印象に残っています。現在は山陰合同銀行に勤務しており、勤務地は鳥取県庁支店で、支店長を務めています。本日はどうぞよろしくお願いします。
西田:自己紹介ありがとうございました。では、早速最初のテーマに移らせていただきます。最初のテーマは「大学時代の思い出や学びについて」です。島根県立大学へ進学した動機や、大学生活で特に印象に残った授業や先生方、ご友人との思い出、大学での学びを通じてどのように成長されたかなどをお話しいただきたいと思います。トップバッターとして白根慎介さん、お願いします。
白根:はい。県立大学に進学した動機は、実は明確な理由があったわけではありません。出雲の平田高校出身で、文系の学部を志望していたのですが、幅広く学んだ上で徐々に専門性を深めていきたいという思いがありました。ちょうどその頃、島根県に新しく県立大学ができるという話を聞き、受験を決めました。かなりざっくりとした理由での進学でした。大学では、1期生ということで先輩がいない4年間を過ごしました。いわゆる「キャンパスライフ」を自分たちで作り上げるところから始まりました。特に部活動については、自分たちで立ち上げる必要があり、私は高校で野球をしていたので、硬式野球部を創設し、3年間キャプテン兼監督を務めました。大学3年生の時には中国地方の大学野球リーグにも加盟し、何もないところから新しいものを作り上げていく経験ができました。授業については、しっかり勉強したつもりですが、特に印象に残っているのは、大学4年生の時に受けた夏の集中講義の英語の授業です。外部から来られた先生が「仕事には“ジョブ”と“タスク”がある」と話されました。“ジョブ”は自分で考え、アイデアを出して動く仕事、“タスク”は与えられた作業をこなす仕事だと。その先生は「世の中の仕事の多くはタスクだから、まずはタスクをしっかりこなして、それをジョブにつなげていくことが大切」とおっしゃっていました。この言葉がとても印象に残っており、大学での学びの一つだったと感じています。何もないところから自分たちで作り上げていく経験や、授業での学びが、今の自分の成長につながっていると感じています。
西田:私たちの時代は本当に何もないところからのスタートでしたので、部活やサークルも規約を作るところから始めました。今でも次の世代が受け継いでくれていることを、とても嬉しく思います。ありがとうございます。続いて、松岡文子さん、お願いします。
松岡:はい。私は鳥取県出身で、県立看護短期大学が設立される前、高校生の時に母と一緒に建設中のキャンパスを見学に行きました。当時は周囲に建物もほとんどなく、田んぼの中に突然キャンパスが建っているような印象で、とてもきれいで緑も多く、「ここで学びたい」と強く感じたのを覚えています。鳥取県と島根県の看護学校をいくつか受験しましたが、やはり島根の新しいキャンパスに惹かれて進学を決めました。第1期生ということで、誰もいないキャンパスを自分たちで作り上げていくことにも魅力を感じていました。無事に合格し、こちらに進学することができました。寮も完備されていて、私たちの代は定員80名に対し83名ほど在籍し、そのうち約60名が寮生活を送っていました。県内出身者でも希望すれば入寮できたので、ほとんどの同級生が寮で生活し、個室で夜遅くまで賑やかに過ごしたり、門限を破ったりと、楽しい思い出がたくさんあります。授業面では、看護学科ということもあり、1年生の時から家庭訪問実習がありました。地域のお宅を訪問してお話を伺い、レポートにまとめるのですが、私は出雲弁が全く分からず、最初は会話の半分も理解できませんでした。島根県出身の同級生とペアになり、助けてもらいながらレポートを書いたのを覚えています。働き始めてからは出雲弁にも慣れ、今では高齢者の方とも自然に会話できるようになり、「出雲弁のエキスパート」になったと思っています。実習は病院だけでなく地域にも出向き、現場に近い経験を多く積むことができました。レポート作成は毎回大変で、夜中までみんなで取り組みましたが、今振り返るととても貴重な経験だったと感じています。看護師になる上で大切な学びや思い出がたくさん詰まった学生生活でした。
西田:ご友人の方と一緒に乗り越えるという経験が、思い出になっているのですね。ありがとうございます。それでは、山脇典子さん、お願いします。
山脇:はい。私は鳥取出身です。鳥取県にも短大はありましたが、高校の担任の先生から「島根県立短大を受けてみたら?」と勧められ、島根にも県立の短大があることを知りました。そのお声かけがなければ、島根の短大に進学することはなかったかもしれません。どうしても東京や大阪などの都会に目が向きがちでしたが、全く違う選択肢として島根を選び、たまたま合格できたことで、島根で2年間学ぶことになりました。授業では英文学を専攻し、特に印象に残っているのは、ラフカディオ・ハーンの『知られぬ日本の面影』を和訳する授業です。英語が苦手だった私には大変な課題でしたが、日本語の繊細な表現を英語でどう表現するかを学び、ハーンの文学に触れる貴重な機会となりました。また、夏季にはカロライン先生のお母様がイギリスより来日され、そのお母様による特別授業でイギリス英語とアメリカ英語の違いについて学んだことも印象的でした。卒業論文では児童文学や英英辞典を使い、イギリスとアメリカの表現やニュアンスの違い、日本での使われ方について友人たちと研究したことも良い思い出です。寮生活については、私の時は英文科が4期目で、島根県出身の方が多かったため、事前に「寮には入れないかもしれない」と聞いており、2年間アパートで一人暮らしをしていました。同じようにアパートで暮らす学生も多く、みんなで授業やレポート課題に取り組んだり、一緒にご飯を作って食べたり、遊びに行ったりと、友人との交流が深まりました。水郷祭を見に行ったことも良い思い出です。親元を離れて初めての一人暮らしで、何事も自分でやらなければならず、周囲と協力しながら生活する中で、コミュニケーション力や協調性が身についたと思います。こうした経験が、今の仕事にも活かされていると感じています。
西田:ありがとうございます。大学時代のご友人との関係や、さまざまな経験が、今のキャリアを築く上で大きな力になっているのだと感じました。ありがとうございました。それでは、学長、3名の皆さんのお話を受けて、ご感想などいただけますでしょうか。
山下:そうですね。皆さん、それぞれ何十年ぶりかに大学や短大時代の思い出を振り返っていただいたと思いますが、共通して感じたのは、「学び」や「仲間との出会い」が、その後の人生の原点になっているということです。大学は単に知識を習得する場ではなく、人とのつながりや出会いの場でもあります。特に、白根さんや松岡さんは1期生として、先輩がいない中で新しいことに挑戦された経験が非常に大きかったのではないかと思います。そうした経験が、皆さんにとって貴重な体験となり、今のご活躍につながっているのだと感じました。こうしたお話は在学生や高校生にとっても大きなメッセージになると思います。たとえば、松岡さんがお話しされた出雲弁のエピソードのように、実習や地域との関わりを通じて得られる学びや出会いが、その後の生活や職業に大きな影響を与えているのだと改めて感じました。大学は決して知識の習得だけで終わる場ではなく、人生のさまざまな出会いや経験を得られる場でありたいと、改めて思いました。
西田:ありがとうございました。浜田キャンパス、松江キャンパス、出雲キャンパス、いずれも地域に密着した大学であることが、皆さんのお話からもよく伝わってきました。皆さんがとても充実した学生生活を送られていたことが感じられました。ありがとうございます。それでは、フリートークに移りたいと思います。さて、白根さん、少し表情が和らいでいらっしゃいますが、学生生活の中で挑戦したことや、印象に残っているエピソードなどがあれば、お聞かせいただけますか。
白根:挑戦ということはあまり意識していませんでしたが、私たち1期生は約200人で、先生方も多く、先生方との距離がとても近かったのが印象的です。先生方も「どうやって大学を作っていくか」と模索されていて、私たち学生と一緒に大学を作り上げていく感覚がありました。卒業後も先生方との交流が続いており、1期生ならではの特権だったのかなと感じています。私は出雲市平田の出身です。出雲弁の中でも平田の方言は特に分かりにくいと言われていて、大学時代、野球部の活動でグラウンドの鍵を守衛さんに借りに行った際、「君はどこ出身だ?」と聞かれ、「平田です」と答えたら、「それは違う」と言われました。「君の言っていることが分かるから、平田出身なわけがない」と言われ、初めて平田の出雲弁が分かりにくいことを知りました。同じ島根県内でも方言や文化の違いがあり、カルチャーショックを受けたのを覚えています。現在は出雲と西部の両方を担当していますが、それぞれの地域で空気感や雰囲気の違いを感じながら仕事ができていることを、嬉しく思っています。
西田:ありがとうございました。では、松岡文子さん、いかがですか?何か挑戦したことや印象に残っているエピソードがあれば、お聞かせください。
松岡:私も特に挑戦というようなことはなかったのですが、白根さんのお話がとてもよく分かります。私たちも1期生で、先輩が誰もいない中でのスタートでした。先生方はすでに揃っていましたが、まだ着任されていない先生もいらっしゃいました。私はよく先生方の研究室を訪ねて、いろいろなお話をしに行っていました。どの先生も快く迎えてくださり、お茶やお菓子をいただきながら、ざっくばらんに話す時間がとても楽しかったです。当時は気づきませんでしたが、今振り返ると、実はとても著名な先生方だったのだと感じます。当時の学長は常松徳五郎先生で、学生の間では「徳ちゃん」と呼んで親しまれていました。徳ちゃんは一畑電鉄で通勤されていて、私たちが出雲市内に遊びに行く時に電車で一緒になると、飲みに連れて行ってくれることもありました。先生方との距離がとても近く、みんなの顔や名前も分かる、そんな温かい雰囲気がありました。学年が上がると、看護学科は国家試験が控えています。3年生の12月ごろまで実習が続き、2月末か3月に国家試験がありました。みんなで集まって勉強し、大変でしたが仲間がいたからこそ頑張れたと思います。専攻科に進学した時も1期生で、国家試験が終わった後に専攻科の入学試験があり、卒業旅行に行く友人たちを横目に、受験を控えた仲間と夜遅くまで勉強したのも良い思い出です。その時に使っていた問題集や参考書は、今でも自分の大切な財産になっています。たくさん書き込みをして分厚くなった参考書を見ると、当時の努力や仲間との時間が思い出されます。
西田:ありがとうございます。常に挑戦ですね。山脇さん、いかがですか?
山脇:私自身が何か大きなチャレンジをしたというわけではありませんが、皆さんのお話を聞きながら思い出したことがあります。先ほど野球部を作られたというお話がありましたが、私の同じ英文科の同級生が、1年生の時にバスケットボール同好会を立ち上げました。当時は本当に数名しかおらず、試合ができるかどうかという状況でしたが、みんなでバスケットを楽しんだのを覚えています。昔の資料を探してみたところ、当時の「檸檬」という学友会誌が残っていました。それを見ると、2年生になった時には同好会がバスケット部に昇格しており、記憶はあまりないのですが、おそらく人数も増えて、正式な部活動として活動できるようになっていたのだと思います。自分一人で頑張ったというよりも、みんなで力を合わせて作り上げていった経験が印象に残っています。
西田:学長、勉強だけじゃなく、サークル活動をはじめ、友人や先生方の存在も大きかったようですね!
山下:今ちょうどお話を聞いていて思い出したのですが、女子短大の頃、「ワンダーフォーゲル部」ってありましたよね。
山脇:ありました。
山下:今ふと思い出したのですが、その「ワンダーフォーゲル部」と一緒に、北山という山で北山縦走をしたことがありました。その時のことは今でもよく覚えています。私は1年生で、2年生の先輩方がいらっしゃって、まるでお姉さんのようにいろいろ面白い話をしてくださったのが印象的でした。とても多くの人数で、キャンプファイヤーのような楽しい思い出もありました。
山脇:ワンダーフォーゲル部には、長い歴史があったと思います。
山下:白根さんは野球部などで非常に頑張っておられ、松岡さんもそうですが、先輩がいないというのは、かなり大きなことです。先輩がいれば、そのノウハウを聞くことができますが、それがない中で、まさに挑戦を続けているという状況ですね。松岡さんのクラスは、私は直接見ていませんが、当時の卒業生のレベルは非常に高かったと思います。女子短期大学の時代も、レベルが非常に高くて、一緒に話していても、ワンダーフォーゲル部の多くの人たちと話していて、「よく知ってるな」「よく勉強してるな」と思ったこともあります。良い意味で、時とともに大学が変わってきたというか、それ以上に学生の層が変わってきたと感じますね。3人の楽しそうな話を聞いて、大学をより良くしようという気持ちを、少し力強くいただいた気がします。
西田:本当に皆さんが挑戦してきたことや、ご友人との関係などを伺って、非常に濃密な学生生活を送られていたのだなと感じました。ありがとうございました。それでは、続いてのテーマに移らせていただきます。次のテーマは、「現在のお仕事と大学との繋がり」についてです。先ほどのお話とも重なる部分があるかと思いますが、皆さんそれぞれ異なる分野でご活躍されています。今のお仕事に、大学で学んだことや経験がどのように生かされているかなどを、お話しいただければと思います。まずは、松岡さんからお願いできますでしょうか。
松岡:私は専門が看護なので、仕事に直結しているという点では、大学で学んだことはすべて今の仕事に関係していると言えると思います。ただ、学生の頃に真面目に勉強していたかと言われると、そうでもなかったかもしれません。成績も特別良かったわけではなく、それなりに頑張ってはいましたが、「まあそれなりだったかな」と思っています。先ほども少し触れましたが、出雲弁については学生時代にかなり鍛えられて、就職してからはエキスパートに近づいてきたように思います。もう20年以上になりますね。地元よりも出雲で過ごした時間の方が長くなってしまいました。それだけ長くいると、出雲弁もだいぶ磨かれたなと感じます。ご縁があって、私は病院で5年ほど働いた後、県立大学がまだ4年制になる前の短期大学部の時代に、教員として出雲キャンパスに戻らせていただきました。その時は6年間教員を務めていて、山下先生とも一緒に働かせていただきました。その6年間で教えていた学生たちと、今また一緒に働いています。卒業生が病院で私に会った時、「先生」と呼んでくれるんですが、同じフロアで働いている人の中には「松岡さんって呼べません」と言う人もいます。「先生だったので、松岡さんって呼べません」と。私は「いいですよ、松岡さんって呼んでください」と言っているんですけどね。卒業生が成長していく姿を間近で見られるのは、本当に素晴らしいことだと思います。自分自身も成長しているのかもしれませんが、卒業生の成長を実感できるのはとても嬉しいです。今の学生さんも実習で受け入れているので、そうした関わりの中で、私は新人さんよりも学生が好きなんです。学生の教育の方が好きだと言ったら怒られるかもしれませんが、学生さんは本当に可愛いなと思います。いつもフレッシュで、若くて、夢があっていいなと感じます。看護を学んでいるとはいえ、看護だけではないと思っています。選択肢はいろいろあっていいなと思いながら、学生さんを見ています。私はまだ「おばあちゃん」には早いので、「お母さん」気分で学生さんを見ているんですけど、若くていいな、目がキラキラしてるなと思いながら、病院で学生さんと接しています。そんな感じですかね。仕事に直結しているので、私は分かりやすい方だと思います。
西田:ありがとうございます。ご自身が教えられた生徒さんと一緒に働けるというのは、やはり地元に残っているからこそ実現できることですよね。本当に素敵なお話でした。ありがとうございます。それでは、山脇さん、お願いできますでしょうか。
山脇:はい。現在の仕事は銀行勤務で、鳥取県庁支店の支店長、いわゆる統括の役割を担っています。大学で学んだことが、学業の面で直接仕事に結びついているかというと、正直なところ、それほど多くはないかもしれません。ただ、今の支店は県庁の庁舎内にあるという少し特殊な環境にあり、通常の店舗とは違った業務があります。もちろん一般のお客様のご来店もありますが、行政の近くに位置していることで、行政の施策を伺いながら、それに対して金融機関としてどのように役立てるか、どう協力できるか、どう繋げていくかを本部と連携しながら考えるのが、現在の主な業務になっています。このような仕事では、一人でできることはほとんどなく、周囲の力を借りながら、さまざまな人と協力してようやく成り立つということを、鳥取県庁支店に来てから特に強く感じています。そうした「協力して何かを成し遂げる」という姿勢は、短大時代に友人たちと勉強したり、遊んだりしながら築いてきたものと通じる部分があると感じています。みんなでコミュニケーションを取りながら、課題を解決していくという経験が、今の仕事にも活かされていると思います。
西田:一人ではなく、みんなの力を合わせて取り組むという姿勢が、今のお仕事にも活かされているのだと感じました。ありがとうございます。それでは、白根さん、いかがでしょうか。
白根:現在テレビ局で働いています。本社では制作や報道など部署が分かれているのですが、私がいる支社では、基本的に一人のマネージャー体制で業務を行っています。浜田にも営業担当が一人いて、営業が中心の業務を担っていますが、カメラマンが少し加わるなど、小規模な支社です。そのため、テレビコマーシャルの営業だけでなく、地域の方々から「取材してほしい」といった依頼を受けることもあります。浜田を担当している関係で、県立大学の取材やコマーシャル制作など、テレビを使ったPRを通じて大学とのつながりも持たせていただいています。大学時代には地域の皆さんに支えていただいた経験があり、今もその頃お世話になった方々が地元にいらっしゃるので、そうした方々とコミュニケーションを取りながら仕事につなげていくという、少し特殊なスタイルで仕事をしています。町の人と一緒に何かを作っていく、そんな仕事の仕方だと思っています。大学での学びが生かされていると感じるのは、「何もないところから作る」という経験があったことです。今のテレビ業界は、テレビだけで事業を展開するのが難しくなってきていて、テレビの経験を活かしながら新しい事業に取り組む必要があります。そうした中で、「獣道を作る」というような、ゼロから考えて形にしていく力が求められます。大学時代にそうした経験を積んだことで、今の仕事にも活かされていると感じています。地域の方々と一緒に仕事をしたり、大学と連携してビジネスを展開したりする機会もあり、今後会社で新しい事業を立ち上げる際にも、大学時代の経験が土台になるのではないかと思っています。
西田:そうですよね。地域の方々に支えられている大学でもありますから、そうしたつながりが今の仕事にも活かされているのだと思います。学長、皆さんのお話を聞いて、いかがでしたか?
山下:今のお話を聞いていても、大学での学びが直接的に仕事に結びついているケースもあれば、そうでないケースもあることがよく分かります。たとえば、看護や栄養、保育といった専門分野は、学んだ知識が仕事に直結している部分が非常に強いと思います。一方で、白根さんのように、今の仕事が大学での学びと直接結びついているわけではなくても、「学ぶ姿勢」や「課題に向き合う力」、そして「何もないところから作り出す力」といったものは、大学生活の中で培われたものだと感じます。こうした「課題解決ができる人材の育成」は、大学の大きな柱のひとつです。大学と社会は決して離れた存在ではなく、むしろ社会を生き抜くための礎を築く場であるということを、今日、皆さんのお話を聞いて改めて実感しました。
西田:ありがとうございます。ここからはフリートークの時間になります。皆さんのお話を伺って、改めて感じたのは、大学時代に地域の方々とのつながりがあったからこそ、白根さんのお話にもありましたように、学生も地域の皆さんの顔を知っていて、地域の皆さんも学生の顔を知っている。だからこそ、就職した後にも助けていただける場面があるんですよね。
白根:具体的な話をすると、大学時代に野球部のユニフォームを作っていたスポーツ店がありました。そのお店は今はスポーツ事業をやめられているのですが、ある時、浜田の焼肉屋で、そのお店の方(弟さん)と偶然お会いしたんです。そこで「CMをやりたいから、ちょっと話を聞いてくれ」と言われ、その場でCMの話が決まったんですよ。その時、「お前、ユニフォーム作ってたやつだろ?」って言われて。大学時代に関わった人とのつながりが、今の仕事にも活きていると感じた瞬間でした。やっぱり覚えていてくださるんですよね。また、西田さんの会社の社長である福浜さんも、もともとは商店街でスタンプ会をされていて、大学の売店にも関わっておられました。僕はその頃から四半世紀にわたってお世話になっています。さんいん中央テレビの浜田支社はいわみケーブルテレビさんと同じ建物に入っているのですが、地上波のテレビ局として山陰全体を対象にしている一方で、ケーブルテレビはより地域に密着したメディアです。そうした中で、地上波とケーブルが連携して企画を立てることで、地域の皆さんに役立つ映像発信ができるのではないかと考えています。こうした取り組みも、元をたどれば大学時代の経験や、人とのつながりがあってこそだと思います。大学で築いた関係が、今の仕事の土台になっていると実感しています。
西田:ありがとうございます。山脇さんも、地域の方に支えられていると感じることはありますか?
山脇:もちろんです。今の支店は少し特殊で、県庁の庁舎内にあるということもあり、地域の方々との関わりが非常に深いです。銀行に来られるお客様は、ほとんどが地域の方々ですので、そうした方々に選んでいただいていることは本当にありがたく、感謝しています。その一方で、「では、私たちはどうやって地域のお役に立てるのか?」ということを常に考えています。学長もおっしゃっていましたが、今の地域社会は人口減少や事業の縮小、事業承継の難しさなど、さまざまな課題を抱えています。そうした課題をどう見つけ、どう解決していくかというところに、地域金融機関として少しでもお手伝いできることを日々考えています。そうすることで、地域に新たな雇用が生まれたり、卒業生が地元で就職して活躍できるような土壌が整っていけば、それが一番良い形だと思っています。
西田:ありがとうございます。松岡さん、いかがですか?地域の方に支えられているなと感じることはありますか?
松岡:そうですね。私が勤務している病院も、地域密着型の県立病院ですので、地域の方々を対象とした医療を担っているという使命があります。患者さんはすべて地域の方々です。ただ、私たちは病院という建物の中にいて、患者さんがそこへ来られるという形なので、こちらから地域へ出向く機会は少ないのが現状です。今私は外来を担当しているのですが、最近は入院期間がどんどん短くなってきています。まだ医療的な処置や支援が必要だと思われる方でも、国の政策などの影響で退院せざるを得ない状況があります。そうした中で、外来通院される方がきちんと自宅で療養生活を送れているか、お薬をきちんと飲めているかなどを確認することが、外来看護師の大切な役割だと強く感じています。再入院を防ぐためにも、在宅での生活が少しでも長く続けられるように、私たちができる限りの支援をしていく必要があります。スタッフにとっては負担もありますが、「患者さんの話をしっかり聞くこと」「その内容をきちんと記録に残すこと」を徹底するようにしています。入院された場合でも、外来時の生活状況が病棟の看護師にも伝わるように、情報共有の仕組みづくりにも力を入れています。そういう意味では、地域で暮らす人々の生活を支えるという点で、私たち看護師は非常に重要な役割を担っていると感じています。
西田:地域連携って、まさに今の皆さんのお話に通じる部分ですよね。ありがとうございます。先ほど、学長もおっしゃっていましたが、「学ぶ姿勢」や「課題に向き合う力」があるからこそ、地域の皆さんが卒業後も助けてくれたり、つながってくれたりするんだと思います。私自身も、つながりを感じる場面が多くありますし、この3キャンパスの存在が、そうした関係性を築くうえで、とても大きな意味を持っているのではないかと改めて感じました。
山下:そうですね。今、AIがものすごい勢いで進化していますが、結局のところ「仕事」というのは人との付き合いなんですよね。メディアにしても、金融機関にしても、医療にしても、そこには「情」や「縁」といった、人間らしいつながりがキーワードになってくると思います。だからこそ、大学の4年間の中で、そうしたこともぜひ学んでほしいと思っています。単に知識を身につけるだけではなく、地域に出かけて行って、地域の人と交わること。そこで偶然できた縁が、何十年後にまた別の形でつながることもあります。地域の課題に対して、「銀行だから関係ない」というのではなく、金融機関もその課題に参画していく。医療も、病気が治ったから「さようなら」ではなく、その後の生活まで見守る。松岡さんが言われたように、生活の質や継続性を支えることが大切なんです。そうしないと、再入院などの問題がまた起こってしまいます。そういったことが分かるような教育を、大学の中で実現していきたいと思っています。今は、知識だけならスマートフォンひとつで調べられる時代です。たとえば「鎌倉幕府がいつできたか」なんて、昔は覚えることが重要でしたが、今は検索すればすぐに分かります。私も昔はそういう暗記が苦手で苦労しましたが、今はもっと違った視点で歴史を教えるべきだと思っています。そういう意味でも、今日の3人のお話は、学長として非常に参考になりました。ありがとうございました。
西田:ありがとうございます。人とのつながりって本当に大事ですよね。それでは、次のテーマに移らせていただきたいと思います。次のテーマは、「島根県、あるいは山陰で働くという選択」についてです。山陰に残る、あるいはUターンして戻ってくるという選択をされた皆さんには、それぞれにいろんな思いや背景があったと思います。地元に残ること、戻ってくることを選ばれた理由や、その選択に込めた思いについて、ぜひお話しいただければと思います。それでは、山脇さんからお話を伺いましょうか。
山脇:はい。短大を卒業した後は、自然と地元に帰って就職するものだと、無意識のうちに考えていたと思います。就職活動も、鳥取で働くにはどんな企業があるのかを調べながら、短大で紹介されていた企業の募集情報などを見ていた記憶があります。たまたま、ごうぎんが、短大の大講堂で就職ガイダンスを行っていて、それに参加したことが、山陰で就職するきっかけのひとつになったと思います。運よく合格することができて、鳥取に戻って就職が決まりました。初任地は、地元から通える鳥取の店舗でしたが、本店が松江にあるため、島根と鳥取を行き来することは何十年も続いています。その後、大阪に転勤となり、5年間ほど勤務した後、再び鳥取に戻ってきました。山陰と都市部の両方で生活した経験から感じるのは、若い頃はどうしても都会に目が向きがちですが、山陰にしかない魅力もたくさんあるということです。自然の豊かさや人の温かさなど、両方を経験したからこそ、地元の良さを改めて強く感じました。今ではインターネットの普及により、場所を選ばずに仕事ができる時代です。そうした中で、山陰には実は非常に魅力的なものが多くあって、ここに住む私たちは気付いていなくても、外から見ると大きな価値を見出されることが多々あります。たとえば、鳥取には「何もない」と思われがちですが、その“何もない”ことが実は価値になっていて、海外から遠征に来るスポーツ選手が「事前キャンプを張りたい」と言ってくださることもあります。何もないことがデメリットではなく、むしろ魅力になるということを実感しました。松江には歴史や文化も豊富にありますし、そうした地域の魅力に目を向けることで、海外にも発信できるものがあると感じています。他地域に負けないブランディングも可能だと思います。このような経験を通じて、「地元でも十分に仕事ができる」、「地元だからできる仕事がある」ということを、これから卒業していく学生の皆さんに伝えていけたらと、今回の企画を通じて改めて感じました。
西田:山脇さんのお話からは、地元への愛着がとても強く伝わってきました。そうした思いが、次の世代の方々にも受け継がれていくといいですよね。それでは続いて、白根さんにお話を伺いたいと思います。白根さんは、一度都会に出られてから地元に戻ってこられたご経験がありますが、この地域で働くという選択について、どのように感じていらっしゃいますか?
白根:大学までは島根県で過ごしていたので、「島根しか知らないままでいいのかな」という思いがあり、関東へ出ることを決めました。神奈川県川崎市にあるシステム開発会社で営業職として10年間勤務しました。もともとITが得意だったわけではなく、むしろ苦手意識があったのですが、当時は企業がどんどんITを導入していた時期で、「知らなければいけない」と感じていました。苦手な分野だからこそ、仕事にしてしまえば強制的に学べるのではと思い、IT業界を選びました。システムはどの業界にも導入されているので、営業を通じてさまざまな業界の方と出会い、学ぶことができるのではないかという期待もありました。また、違う環境に身を置きたいという思いもあり、関東での勤務を選びました。島根出身ということもあり、いつかは地元に戻って何か仕事をしたいという気持ちはずっと持っていました。地域の皆さんに役立つことができればという思いがあり、縁あって現在の会社、さんいん中央テレビに入社し、さまざまな仕事をさせていただいています。テレビの仕事は、取材して放送するだけでなく、営業として企業の方々と関わる機会も多く、企業同士をつなげたり、新しいアイデアや力が生まれる場面に立ち会うこともあります。自分が前に出るというよりは、裏方として支えるような役割ができればと思っています。IT業界での経験も活かされています。私はプログラムは読めませんが、営業としてシステムの概要を理解し、エンジニアたちの要望を調整しながらプロジェクトをまとめるという仕事をしていました。人をまとめて、ひとつの方向に向かわせるという役割は、今の仕事にも通じる部分があります。特にローカルな地域では、「自分たちが」という意識が強く、まとまりきらないこともあります。だからこそ、異なる価値観や思惑を持つ人たちをひとつにまとめ、同じ方向に導いていく「旗振り役」のような存在が必要だと思っています。テレビの仕事を通じて、さまざまな人と関わることができるので、皆さんのお悩みを聞きながら、テレビだけでなく、今では他の事業にも取り組み始めています。そうした活動を通じて、地域のお役に立てればと思っています。
西田:白根さんが地元に戻ってこられた経緯について、「帰ろう」と思った一番のきっかけは、何だったのでしょうか?
白根:「戻るもんだろうな」という感覚が、もう自分の中に染みついていたというか、DNAに刻まれていたような気がします。強い決意というよりは、自然とそう思っていた感じですね。実は、東京でも島根県出身者の集まりが結構あって、そうした場で地元を感じることができたのも大きかったです。だから、「いつか戻るんだろうな」「戻って何かするんだろうな」という思いは、ずっと漠然と持っていました。その中で、ちょうど良いタイミングが訪れて、地元に戻ることになったというのが、実際の流れです。
西田:ありがとうございます。それでは、松岡さん、お願いできますか。地元で働くという選択について、背景や思いなどをぜひお聞かせください。
松岡:私は、さっきも少しお話ししましたが、かなりの“ド田舎”の出身で、幼少期は野山を駆け巡るような、まるで野生児のような生活をしていました。そんな環境で育ったこともあり、都会で暮らすのは無理だと、初めから思っていたんです。都会に出るという選択肢は、私の中には最初からありませんでした。遊びに行くくらいならいいけれど、住むなんてとても考えられない、という感覚でした。進学先が島根県だったこともあり、実習も今勤務している病院で行っていたので、「就職するならここかな」と自然に思っていました。他の選択肢はあまり考えていなかったですね。ただ、学生の頃は養護教諭になりたくて、教員採用試験を鳥取県で受けたことがあります。結果は不合格で、講師として何年か経験を積んでから再挑戦する道もありましたが、その時すでに病院の採用試験にも合格していて、講師をするか病院に就職するかの選択を迫られました。養護教諭になるにしても、看護の現場経験は必要だろうと思い、まずは看護師として働こうと決めました。結局、教員採用試験の再挑戦はせず、そのまま看護師としての道を歩んできました。出雲には海も山もあり、大社も大好きです。空気が違うんですよね。そういう自然が本当に好きですし、人も温かくて、周りの方々に助けられたり、可愛がっていただいたりして、ここを離れるという選択肢は私にはありませんでした。「ここでずっと働けたらいいな」と思っています。山脇さんもおっしゃっていましたが、今まで「ないものねだり」で「あれもない、これもない」と思っていたけれど、実は良いところがたくさんあるんですよね。都会には住んだことはありませんが、遊びに行くことはあります。都会の人たちからは「行ってみたい、いいところだね」と言われることもあって、私たちの暮らす場所には、心の豊かさや自然とのふれあいがあると感じます。都会では隣の人と話さないというイメージがありますが、ここではそんなことはなく、みんなで「一緒にやっていきましょう」という雰囲気があります。そういうところがすごく好きですし、山陰に残るという選択は、私にとっては自然なものでした。今振り返っても、「出る」という選択肢はなかったなと思っています。
西田:ありがとうございます。皆さんのお話を聞いていて、改めてみなさんの中に、地元への強い愛着があるのだなと、深く感じました。学長、いかがでしょうか?
山下:現在、大学の大きな目標として、県内の高校生の入学比率を55%に引き上げること、そして県内就職率を50%にすることを掲げています。「島根県、山陰で働くという選択」というテーマは、私自身も非常に重要だと感じており、皆さんのお話を伺いながら、在校生の皆さんがどうすれば島根、山陰で働くという選択をしてくれるかを考えています。また、県外の高校を卒業して本学に入学された学生の中にも、島根、山陰で働くという選択をする方が徐々に増えてきています。これは非常に大きな変化です。その背景には、企業とのインターンシップの存在があります。インターンシップを通じて、山陰の文化や歴史、そして企業の魅力に触れることで、県外出身の学生が島根に残るという選択をしてくれるようになっているのです。これは大学だけでは実現できないことであり、企業の皆さんのご協力があってこそ可能になります。インターンシップという仕組みが、今少しずつ広がってきており、非常に重要な取り組みだと感じています。また、白根さんはUターンで島根に戻ってこられましたが、現在、島根県ではUターン・Iターンの数が年間で約3,500人から4,000人にのぼっています。これは島根県が非常に頑張っている証です。ただ一方で、人口減少の問題もあります。18歳で県外に出てしまったり、大学進学時に県外へ行ってしまうケースも多く、18歳・22歳のタイミングで人口が流出しているのが現状です。この2つの人口流出に対して、大学としてしっかりと機能し、山陰や島根で働くという選択肢を高校生も含めて提示していきたいと考えています。今日は3人の方のお話を伺いましたが、松岡さんは県外から島根に来てくださり、山脇さんは鳥取を中心に山陰で働いておられ、白根さんはUターンで島根に戻ってこられました。それぞれ異なるパターンですが、こうした多様な選択肢があることを改めて認識し、在校生の皆さんにも「島根、山陰で働く」という選択肢をしっかりと提示していきたいと思っています。
西田:そうですよね。ありがとうございました。山脇さんのお話の中で、「この地域にはいいところがたくさんある」という言葉が印象的でした。地元に住んでいる方ほど、その良さに気づきにくいのかもしれません。逆に、外から来た人や一度外に出て戻ってきた人のほうが、地元の魅力を改めて感じることが多いのだなと、実感しました。今日、山陰に残ってお仕事をされている皆さんのお話を伺って、何度も言いますが、やはり地元への愛着がとても強いと感じました。また、学長のお話からも、地域・学校・企業が連携して人材を育てていくことの大切さを改めて感じました。ありがとうございます。それではここからは、フリートークの時間とさせていただきたいと思います。皆さんのお話を聞いていて、「仕事を通じて地域の方々のお役に立ちたい」という思いを強く持っておられるのだなと感じました。白根さん、いかがでしょうか?
白根:そうですね、この土地に生まれたので、何かしらの形で地元に恩返しができたらという思いがあります。私の仕事は、どちらかというと技術職ではなく、人をまとめたり、調整したりするような役割が中心です。そうした中で、地元にいる“スペシャルな人たち”をうまくまとめて、一つの大きな力を生み出すことができればいいなと。そういう形で地域に貢献できるのであれば、とても嬉しいですし、そうしたお手伝いができればと思っています。
西田:ありがとうございます。山脇さん、いかがでしょうか?
山脇:先ほど学長がお話しされていた、「企業がもっと一緒になって取り組んでいかないといけない」という言葉がとても印象に残っています。確かに、山陰にもたくさんの企業がありますが、学生さんたちにとっては、どんな仕事をしているのか、どんなことをやっているのかが、なかなか伝わりにくいのではないかと思います。だからこそ、そうした情報をどうやって伝えていくか、伝える場をどう作っていくかが非常に重要だと感じています。学生さんが実際に体験することで、「山陰に残って働こう」「島根や鳥取で就職しよう」といった選択につながっていくのではないでしょうか。そういった取り組みに、私たち金融機関もできる限りお役に立てるようにしていかなければならないと、改めて思いました。
西田:ありがとうございます。松岡さんはご出身が鳥取ですが、出雲や松江での生活のほうがもう長くなってきていますよね。
松岡:私は出雲での生活が長く、松江には県立の病院勤務の関係で住んでいたことがあります。たまたまですが、県庁にも3年間ほど出向させていただき、行政にも携わる機会がありました。その間、県内の病院の看護部長さん方とお会いする機会も多く、さまざまなお話を伺いました。また、大学ではなく専門学校の看護学科や準看護師の学校も含めて、県内の看護系の学校をすべて回りました。六日市病院やそこの準看学校など、今はなくなってしまった施設も含めて、県内全域を回った経験があります。鳥取出身でありながら、島根県のことを一生懸命やっているなと、自分でも思うことがあります。その中で感じたのは、やはり「横のつながり」がこれからもっと必要になるということです。先日の研修会でも話題になりましたが、18歳人口がどんどん減少している中で、どの病院も学生の確保に苦労しています。そのため、「うちの病院に来てもらう」ではなく、「島根県に残ってもらうにはどうしたらいいか」という視点で考える必要があると、他の病院の方々とも話し合いました。「うちの病院だけが良ければいい」という考えではなく、もっと広い視野で県全体を見ていくことが大切だと思います。今後は病院の統廃合も進む可能性があり、うちの病院も大きいからといって安泰とは限らないという危機感も持っています。だからこそ、「どうやって島根県に人を残すか」を真剣に考えていかなければならないと思っています。うちは実習病院でもあるので、学生さんが来てくださるのですが、その分、普段の様子を見られてしまいます。インターンシップの時だけ取り繕っても意味がなく、日常の忙しさや手が回らない部分も見られます。それでも「この病院で働きたい」と思ってもらえるような姿勢を見せていくことが、非常に重要だと感じています。そして、病院単位ではなく、もっと広い視野で考えることも必要だと改めて思っています。
西田:学長、今のお話を聞いて、いかがでしょうか?
山下:はい。今のお話も含めて、「島根で働く、山陰で働く」ということについて、私が特に重要だと考えている点を3つ挙げたいと思います。まず1点目は、県内の高校生をいかに多く本学に迎えるかということです。これは「島根で働く、山陰で働く」ということに直結していて、地元の高校生が地元の大学に進学し、地元で就職するという流れが非常に重要です。そのためには、島根県立大学がどのような入試制度を設けるべきか、高校と連携してどんな入試改革を進めるべきかという課題に行き着きます。現在、入試改革に力を入れており、公立大学の中でも最先端を走っていると自負しています。地元の高校生が受験しやすい入試制度を整えていくことが、大学の大きな使命の一つです。2点目は、受け皿の整備です。「島根で働く、山陰で働く」ためには、県内に働く場、つまり受け皿がなければなりません。これは県や企業に任せるだけではなく、大学自身が企業と連携し、受け皿を作るところまで関わっていく必要があります。企業を呼び込む力のある大学でなければならない。教育や研究だけを行うのではなく、企業とつながり、学生が働ける場を創出することが、大学の使命だと考えています。そして3点目は、海外経験を通じた地元の再認識です。皆さんが島根や出雲の文化・歴史について語ってくださっていますが、一度外に出てみることで、改めて地元の良さを実感することができます。そのため、本学では海外研修や短期留学に力を入れています。例えば、出雲キャンパスではアメリカ、台湾、韓国への研修があり、松江キャンパスでは今年からタイへの研修が始まり、32人が参加しました。来年度からはインドネシアも加わります。浜田キャンパスではアメリカ、中国、マレーシアなどへの研修が予定されています。このような体験を、感受性の高い大学4年間のうちに経験することで、地元の価値を再認識するきっかけになると考えています。もちろん、海外研修には費用の問題もありますが、企業からの寄付金や、大学が取り組んでいる商品開発の売上の一部を活用するなど、資金面でも工夫をしています。大学が果たすべき役割は、教育や研究にとどまらず、こうしたシステムを構築し、「山陰で働く」という選択を学生に提示できるよう努力していくことです。そのために、インターンシップやキャリア教育にも力を入れており、学長補佐を任命して体制を整えています。
西田:ありがとうございます。大学・地域・企業の連携に加えて、やはり高校との連携もとても大切ですよね。先ほどお話しした、私が参加したワークショップの件ですが、その中に「高校時代に海外留学を経験した」という方がいらっしゃいました。その方は現地で「このまま海外の大学に進学しようか、それとも日本に帰ろうか」と悩んでいたそうです。そのとき、現地の方から「あなたの国の良いところは?」「あなたの地元の良いところは?」と聞かれたそうなのですが、うまく答えられなかったそうです。それがきっかけで、「もう一度日本に帰って、自分の地元を見直したい」と思い、帰国して現在はまちづくりに取り組まれているとのことでした。その話がとても印象的で、私自身も大変勉強になりました。こうした方々は、実は地元にもたくさんいらっしゃるんですよね。
白根:そうですね。やっぱり、外に出てみて初めて地元の良さに気づくということはありますよね。僕も関東に少し出ていたことがありますが、そこで改めて地元の価値を感じることがありました。そういえば、日本の果物ってすごく甘くて美味しいらしいですね。海外の方からも「日本の果物は甘い」と言われることがあるようで、そういうところにも日本の良さが表れているのかなと思います。海外の方からすると、それがすごく驚きのようですが、地元の農家の方にとっては「当たり前に作っているもの」なので、何がすごいのかが分からないということもあるようです。つまり、自分ができることは“当たり前”で、“すごいこと”ではないと感じてしまう。でも、外から見るとそれがすごいことなんですよね。そういう価値って、逆輸入的に気づかされることが多いと思います。たとえば、プログラミング言語の「Ruby」も確か島根が発祥ですよね。それも一度外に出て、巡り巡って地元に戻ってきたことで、価値が再認識された例だと思います。案外、地元に住んでいる人たちが、自分の地域の魅力を誇れていないというか、気づいていないことが多いのかもしれません。だからこそ、どうやってその魅力を“くすぐって”いくかが大事なんだと思います。周りから褒められると嬉しいですし、海外で流行って、東京で流行って、そして田舎で流行る――そんな流れもありますよね。最初から自分のことを自慢できるような価値観が根付いていくと、もっと地域の魅力を発信できるようになるんじゃないかと思います。
西田:そうですね。ありがとうございます。
山脇:お二人がおっしゃったように、海外を見てから改めて自分の職場や地域――島根や鳥取――を見直すという視点は、とても大切だと思います。世界から見て日本がどう見られているのかを知ることは、若い世代にとって良い刺激になりますし、できれば若いうちにそうした経験をしてほしいですね。さっきのフルーツの話にもありましたが、周りに価値あるものがあっても、それが“当たり前”になってしまって気づかないことって、まだまだたくさんあると思うんです。だからこそ、「これは価値があることなんだよ」と周囲が気づかせてあげることが大切です。本人が気づいていない場合でも、周りが教えてあげることで、その価値に気づき、さらに付加価値をつけて発展させていく――そうした流れが非常に重要だと感じています。
西田:ありがとうございます。さて、今回のテーマは「島根県、山陰で働くという選択」について、皆さんにお話を伺ってきました。そこで改めてお聞きしたいのですが、皆さんはこれからも地域、つまり山陰・島根で働き続けたいと思われますか?
松岡:そうですね。あまり山陰から出ることはないんじゃないかなと思っています。ちょっと話がそれるかもしれませんが、先ほどタイの話が出ましたよね。実は今、私タイにすごく興味があって、まだ行ったことはないんですけど、いつかタイに住んでみたいなという夢があります。ただ、今すぐどうこうというわけではなくて、「働く」という観点で言えば、しばらくは山陰にいると思います。やっぱり外に出てみて、改めて山陰を見るという視点はとても大事だと私も思っています。私自身も病院を離れて初めて、病院の良さに気づいたという経験があります。中にいると、なかなかその価値に気づきにくいものですが、外に出ることで見えてくるものがあるんですよね。先生のお話を聞いて、改めてその視点の大切さを感じました。
西田:ありがとうございます。山脇さん、いかがでしょうか?
山脇:今後も地元で働き続けると思いますし、私自身も年齢的にそれなりの年になってきましたので、最近は「地元にどう恩返しができるか」「どう貢献できるか」ということを考えるようになりました。大きな枠組みで考えるというよりは、たとえば自分の住んでいる地域の周りで、何かできることはないか――そんな視点で考えるようになっています。今後も引き続き、鳥取で勤務を続けていくことになると思います。
西田:ありがとうございます。それでは、白根さん、いかがでしょうか?
白根:私もおそらく今後も島根で働くことになると思います。島根のような地域は「課題先進県」とも言える存在で、日本全体でこれから起こることが、地方では先に起こることが多いと感じています。だからこそ、ここには“可能性しかない”と思っていて、島根でうまくいったモデルが、日本全国の地域課題を解決する一つのきっかけになるのではないかと考えています。そういう意味で、ローカルに根ざして、一つひとつの課題を丁寧に解決していくことが、やがて体系化されて、県外の皆さんにも役立つような取り組みにつながるのではないかと思っています。地元にいるからこそ、今後の日本の最先端の課題に取り組めるという認識を持っていて、そうした気持ちで仕事に向き合えるのはありがたいことです。ですので、これからも島根、そして山陰で働き続けられるといいなと思っています。
西田:ありがとうございました。皆さんから貴重なお話、ご意見をいただき、本当にありがとうございました。そろそろお時間も迫ってまいりましたので、最後のテーマに移りたいと思います。最後のテーマは、在学生や高校生へのメッセージです。それぞれの立場から、若い世代に向けてぜひメッセージをいただければと思います。それでは、白根さんからお願いできますでしょうか。
白根:少しありきたりかもしれませんが、まずは「いろんな経験をしてほしい」ということを伝えたいです。それは「好き・嫌い」で判断するのではなく、まずは飛び込んでみること。やってみた結果、「好きだから続ける」ということもありますし、「得意じゃないと思っていたけど、意外と向いていた」ということもあります。だからこそ、まずは一歩を踏み出すことが大切だと思います。学生の皆さんは、勉強や日々の生活の中で「正しい答え」を探しがちですが、社会に出ると「答えがないこと」がむしろ当たり前になります。その都度、自分で答えを出していく――そういう作業が求められるんです。だからこそ、学生時代には「自分の考えとは違う意見も正しいかもしれない」といった視点を持ちながら、周囲から学び、自分の軸を固めていく訓練をしてほしいと思います。以前、リクルート向けの動画で「どういう人材が欲しいですか?」と聞かれたとき、思いつきで答えたのですが、「こういう人材」というよりも、「変化に気づき、変化に対応できる人」が、どんな場所でも活躍できるのではないかと思っています。そのためには、いろんなことを知っておく必要があります。つまり、小さなことでも、不得意なことでも、まずはチャレンジしてみることが大事です。学生の皆さんには時間があります。だからこそ、大小問わず、できることから挑戦してみてほしいと思います。
西田:ありがとうございました。それでは続いて、松岡さん、お願いします。
松岡:皆さんのお話を聞いて振り返ってみて、大学時代に経験した家庭訪問のことを思い出しました。古い家屋など、バリアフリーではない住環境を実際に見る機会があったことは、今振り返るととても大切な経験だったと思っています。患者さんがどのような場所で生活しているのか、具体的なイメージが湧きやすくなりますし、生活指導をする際にも「家に帰ったらこんなことが起こるかもしれない」といった気づきが得られ、質問にもつなげやすくなります。大学時代には月に1回ほどのペースで家庭訪問に行っていたのですが、学内だけの学びでは得られない、貴重な体験だったと感じています。実習だけでなく、遊びや部活動など、学業以外の活動も視点を広げるきっかけになりますし、決して無駄にはならないと思います。ですので、学生の皆さんには、実習を大切にしながらも、ぜひいろいろな体験をしてほしいと思います。卒業後すぐにうちの病院に来ていただけるのももちろんありがたいのですが、一度県外に出てから戻ってくるという選択も「あり」だと思っています。県外から来ている学生さんにとっても、島根県や病院の魅力を感じてもらえるよう、私たち受け入れる側も努力しなければならないと感じています。病院の中にいると、良いところが見えにくいこともあります。だからこそ、自分たちでもその魅力を発見できるよう、日々努力していく必要があると改めて思っています。
西田:松岡さん、ありがとうございました。それでは続いて、山脇さん、お願いします。
山脇:私は短大出身なのですが、短大は2年間しかないので、本当にあっという間なんですよね。1年生として入学して、「2年生になったらもう少し学業を楽しめるかな」と思った頃には、すぐに就職活動が始まってしまって、「時間が短いな」と感じたことを覚えています。だからこそ、短大で学んでいる学生の皆さんには、限られた時間の中で日々を大切にしながら、先ほど皆さんがおっしゃっていたように、ぜひいろいろな経験を積んでいただきたいと思っています。チャレンジすることで人間としての幅も広がりますし、その経験は必ずその後の人生に活かされてくると思います。学生だからこそできることもたくさんあります。ぜひ、いろいろなことに挑戦して、それを糧にして、人生に彩りを添えていってほしいです。また、地域の特色にも目を向けて、島根県の良いところをたくさん見つけていただきたいです。そして、「こんなに良い場所なら、ここで暮らしていこうかな」と思ってもらえたら嬉しいですね。ぜひ、頑張ってください。
西田:3名の皆さんから貴重なお話をいただき、本当にありがとうございました。皆さんに共通していたのは、「時間には限りがあるからこそ、失敗を恐れずにチャレンジしてほしい」というメッセージだったと思います。それを受けて、学長、いかがでしょうか?
山下:皆さんのご意見、まさにその通りだと思います。一点、特に重要なのは「4年間の体験」です。これは非常に大切で、皆さんがおっしゃっている通りです。この4年間をどう過ごすか。そして大学側としては、学生の皆さんにどのようなメニューを提供できるかが問われています。単に授業を受けるだけの4年間ではなく、様々な体験ができる大学であるべきです。たとえば、海外研修は非常にバラエティに富んでいますし、出雲キャンパスでは隠岐研修なども行っています。現在、学生が自分で選べるような研修システムを構築中です。体験はしっかりと積んでいただきたいと思います。また、課題解決に取り組むには、どうすればよいかというノウハウが必要です。そのために最も重要なのが「教養」です。大学の最初の段階で教養教育をしっかり行いますが、これは非常に重要な基盤になります。教養がなければ課題解決はできませんし、クリエイティブな活動も難しい。特にメディア関係の皆さんには、教養は絶対に必要だと思います。教養を基盤として、次に何を創り出していくか。それが大学での学びの本質です。専門学校とはスタイルが異なり、大学ではこの部分が非常に大きな意味を持ちます。最後に、島根県の高校生の進学状況について触れたいと思います。島根県内の大学に進学するのは、わずか2割です。残りの8割は県外に流出しています。これは本学にとって大きな課題です。せっかく県立大学があるのに、県外に出てしまうのは非常にもったいない。ですので、高校の先生方には本学の魅力をぜひ伝えていただきたいと思っています。先ほど、高校の先生の勧めで女子短大に進学したという話がありましたが、まさにそのような働きかけが重要です。高大連携・高大接続をさらに強化していきたいと考えており、そのために学長補佐も1名配置しています。本学に入学すれば、皆さんが述べられたように、様々な体験や経験ができ、何もないところから挑戦することも可能です。自分で新たな目標を立てることもできます。都会の大学にはない魅力を、もっと発信していきたいと思っています。この「ORORIN」をご覧になった方には、ぜひ本学を目指していただきたいと心から願っています。
西田:ありがとうございます。学長、本日は誠にありがとうございました。卒業生の皆さん、そして学長からも、貴重なお話をたくさん伺うことができました。心より感謝申し上げます。大学での学びが社会でどのように活かされるのか、そして島根で、山陰で働くことの意味など、在学生や高校生にとって本当に大きなヒントになったのではないかと思います。それでは最後に、学長より、改めて在学生、そして高校生の皆さんへ向けたメッセージとご挨拶をお願いします。
山下:本日は、3つのキャンパスを代表する卒業生の皆さんから、学生時代の思い出や現在のお仕事につながるエピソードなど、さまざまなお話を伺うことができました。授業はもちろんですが、仲間との出会いや地域の方々との交流、そして挑戦の経験などが、在学中の人生の大きな支えになっていることが伝わってきました。また、社会に出てからも、大学で得た学びが生き続けていることを、3人のお話から実感しました。学び続ける姿勢や、前向きに課題に向き合う力——そうした力が、皆さんを支えているのだと改めて感じました。大学は、社会へ踏み出すための準備の場です。未来につながる大切な4年間であり、大学生活は自分自身を大きく広げる貴重な時間です。どうか恐れずに一歩を踏み出し、その時間を大切に過ごしていただきたいと思います。私たち大学側も、皆さんの挑戦を全力で応援していきます。今日の座談会を通して、卒業生の皆さんの歩みが、本学の教育の力を証明してくださっていることを強く感じました。お話しくださった卒業生の皆さんに、心より感謝申し上げます。そしてこの記事をご覧の皆さんが、先輩たちの言葉から未来へ進む勇気を受け取ってくださることを、心から願っております。
西田:学長、ありがとうございました。それでは、以上をもちまして「学長と3キャンパス卒業生座談会」を結びとさせていただきます。ご参加いただきました皆さん、貴重なお時間を誠にありがとうございました。本日のご縁を大切にしながら、今後のお仕事や活動にもぜひ活かしていただければと思っております。改めまして、ありがとうございました。
本日はお忙しい中、島根県立大学広報誌「ORORIN」企画「学長と3キャンパス卒業生座談会」にご参加をいただきまして、ありがとうございます。本日進行させていただきます、浜田キャンパス第1期卒業生の西田奈都美と申します。よろしくお願いします。本日の座談会では、島根県立大学山下一也学長とそれぞれ異なる分野で活躍されていらっしゃいます3名の卒業生の皆さんをお迎えしています。大学時代の思い出や、現在のお仕事、また山陰で働くという選択をされたことなどについて、お話をいただきたいと思います。それではまず、学長、ご挨拶をお願いします。
山下:学長の山下一也です。本日は3キャンパスを代表して卒業生3名の皆さんにお集まりいただき、誠にありがとうございます。広報誌「ORORIN」では、大学の現状を県民の皆さんや高校生の皆さんにお伝えしています。今回は卒業生の皆さんに入学から大学生活、そして卒業後の現在についてお話しいただくことで、高校生をはじめとした県民の皆さんに、島根県立大学がどのような大学なのかを知っていただける機会にしたいと考えております。どうぞよろしくお願いします。
西田:学長、ありがとうございました。それでは、皆さんにもご挨拶をお願いしたいと思います。まずは、浜田キャンパス卒業生の白根慎介さんからお願いします。
白根:こんにちは。白根慎介と申します。私は浜田キャンパスの第1期生で、総合政策学部を2004年に卒業するまでの4年間、浜田で過ごしました。現在は、地元の民間放送局である山陰中央テレビに勤務しており、出雲から西部、浜田市などを中心にテレビコマーシャルの営業やニュースの取材対応など、テレビ全般の業務にも携わっています。どうぞよろしくお願いします。
西田:白根さん、ありがとうございました。実は私は白根さんとは同級生で、浜田キャンパスの第1期生です。 続きまして、出雲キャンパス卒業生の松岡文子さん、お願いします。
松岡:よろしくお願いします。出雲キャンパス卒業生の松岡文子と申します。私は県立大学になる前の前身校、県立看護短期大学の第1期生です。1998年に看護学科を卒業し、翌年には専攻科(地域看護学専攻)を修了しました。専攻科では、保健師や養護教諭などの資格取得に向けた学びを深めました。その後、現在勤務している県立中央病院に就職し、現在は外来部門および中央検査部門の両方を管轄する看護部長を務めています。この間、さまざまな場所で経験を積んできましたが、今はこの病院に落ち着いています。本日はどうぞよろしくお願いします。
西田:ありがとうございました。続きまして、松江キャンパス卒業生の山脇典子さん、お願いします。
山脇:松江キャンパス卒業生の山脇典子と申します。1992年3月に卒業しましたので、かなり前の卒業生になります。県立大学が設立される前の島根女子短期大学の卒業生です。専攻は文学科の英文専攻で、英語の文学を中心に学び、2年間英語とともに過ごしたことが印象に残っています。現在は山陰合同銀行に勤務しており、勤務地は鳥取県庁支店で、支店長を務めています。本日はどうぞよろしくお願いします。
西田:自己紹介ありがとうございました。では、早速最初のテーマに移らせていただきます。最初のテーマは「大学時代の思い出や学びについて」です。島根県立大学へ進学した動機や、大学生活で特に印象に残った授業や先生方、ご友人との思い出、大学での学びを通じてどのように成長されたかなどをお話しいただきたいと思います。トップバッターとして白根慎介さん、お願いします。
白根:はい。県立大学に進学した動機は、実は明確な理由があったわけではありません。出雲の平田高校出身で、文系の学部を志望していたのですが、幅広く学んだ上で徐々に専門性を深めていきたいという思いがありました。ちょうどその頃、島根県に新しく県立大学ができるという話を聞き、受験を決めました。かなりざっくりとした理由での進学でした。大学では、1期生ということで先輩がいない4年間を過ごしました。いわゆる「キャンパスライフ」を自分たちで作り上げるところから始まりました。特に部活動については、自分たちで立ち上げる必要があり、私は高校で野球をしていたので、硬式野球部を創設し、3年間キャプテン兼監督を務めました。大学3年生の時には中国地方の大学野球リーグにも加盟し、何もないところから新しいものを作り上げていく経験ができました。授業については、しっかり勉強したつもりですが、特に印象に残っているのは、大学4年生の時に受けた夏の集中講義の英語の授業です。外部から来られた先生が「仕事には“ジョブ”と“タスク”がある」と話されました。“ジョブ”は自分で考え、アイデアを出して動く仕事、“タスク”は与えられた作業をこなす仕事だと。その先生は「世の中の仕事の多くはタスクだから、まずはタスクをしっかりこなして、それをジョブにつなげていくことが大切」とおっしゃっていました。この言葉がとても印象に残っており、大学での学びの一つだったと感じています。何もないところから自分たちで作り上げていく経験や、授業での学びが、今の自分の成長につながっていると感じています。
西田:私たちの時代は本当に何もないところからのスタートでしたので、部活やサークルも規約を作るところから始めました。今でも次の世代が受け継いでくれていることを、とても嬉しく思います。ありがとうございます。続いて、松岡文子さん、お願いします。
松岡:はい。私は鳥取県出身で、県立看護短期大学が設立される前、高校生の時に母と一緒に建設中のキャンパスを見学に行きました。当時は周囲に建物もほとんどなく、田んぼの中に突然キャンパスが建っているような印象で、とてもきれいで緑も多く、「ここで学びたい」と強く感じたのを覚えています。鳥取県と島根県の看護学校をいくつか受験しましたが、やはり島根の新しいキャンパスに惹かれて進学を決めました。第1期生ということで、誰もいないキャンパスを自分たちで作り上げていくことにも魅力を感じていました。無事に合格し、こちらに進学することができました。寮も完備されていて、私たちの代は定員80名に対し83名ほど在籍し、そのうち約60名が寮生活を送っていました。県内出身者でも希望すれば入寮できたので、ほとんどの同級生が寮で生活し、個室で夜遅くまで賑やかに過ごしたり、門限を破ったりと、楽しい思い出がたくさんあります。授業面では、看護学科ということもあり、1年生の時から家庭訪問実習がありました。地域のお宅を訪問してお話を伺い、レポートにまとめるのですが、私は出雲弁が全く分からず、最初は会話の半分も理解できませんでした。島根県出身の同級生とペアになり、助けてもらいながらレポートを書いたのを覚えています。働き始めてからは出雲弁にも慣れ、今では高齢者の方とも自然に会話できるようになり、「出雲弁のエキスパート」になったと思っています。実習は病院だけでなく地域にも出向き、現場に近い経験を多く積むことができました。レポート作成は毎回大変で、夜中までみんなで取り組みましたが、今振り返るととても貴重な経験だったと感じています。看護師になる上で大切な学びや思い出がたくさん詰まった学生生活でした。
西田:ご友人の方と一緒に乗り越えるという経験が、思い出になっているのですね。ありがとうございます。それでは、山脇典子さん、お願いします。
山脇:はい。私は鳥取出身です。鳥取県にも短大はありましたが、高校の担任の先生から「島根県立短大を受けてみたら?」と勧められ、島根にも県立の短大があることを知りました。そのお声かけがなければ、島根の短大に進学することはなかったかもしれません。どうしても東京や大阪などの都会に目が向きがちでしたが、全く違う選択肢として島根を選び、たまたま合格できたことで、島根で2年間学ぶことになりました。授業では英文学を専攻し、特に印象に残っているのは、ラフカディオ・ハーンの『知られぬ日本の面影』を和訳する授業です。英語が苦手だった私には大変な課題でしたが、日本語の繊細な表現を英語でどう表現するかを学び、ハーンの文学に触れる貴重な機会となりました。また、夏季にはカロライン先生のお母様がイギリスより来日され、そのお母様による特別授業でイギリス英語とアメリカ英語の違いについて学んだことも印象的でした。卒業論文では児童文学や英英辞典を使い、イギリスとアメリカの表現やニュアンスの違い、日本での使われ方について友人たちと研究したことも良い思い出です。寮生活については、私の時は英文科が4期目で、島根県出身の方が多かったため、事前に「寮には入れないかもしれない」と聞いており、2年間アパートで一人暮らしをしていました。同じようにアパートで暮らす学生も多く、みんなで授業やレポート課題に取り組んだり、一緒にご飯を作って食べたり、遊びに行ったりと、友人との交流が深まりました。水郷祭を見に行ったことも良い思い出です。親元を離れて初めての一人暮らしで、何事も自分でやらなければならず、周囲と協力しながら生活する中で、コミュニケーション力や協調性が身についたと思います。こうした経験が、今の仕事にも活かされていると感じています。
西田:ありがとうございます。大学時代のご友人との関係や、さまざまな経験が、今のキャリアを築く上で大きな力になっているのだと感じました。ありがとうございました。それでは、学長、3名の皆さんのお話を受けて、ご感想などいただけますでしょうか。
山下:そうですね。皆さん、それぞれ何十年ぶりかに大学や短大時代の思い出を振り返っていただいたと思いますが、共通して感じたのは、「学び」や「仲間との出会い」が、その後の人生の原点になっているということです。大学は単に知識を習得する場ではなく、人とのつながりや出会いの場でもあります。特に、白根さんや松岡さんは1期生として、先輩がいない中で新しいことに挑戦された経験が非常に大きかったのではないかと思います。そうした経験が、皆さんにとって貴重な体験となり、今のご活躍につながっているのだと感じました。こうしたお話は在学生や高校生にとっても大きなメッセージになると思います。たとえば、松岡さんがお話しされた出雲弁のエピソードのように、実習や地域との関わりを通じて得られる学びや出会いが、その後の生活や職業に大きな影響を与えているのだと改めて感じました。大学は決して知識の習得だけで終わる場ではなく、人生のさまざまな出会いや経験を得られる場でありたいと、改めて思いました。
西田:ありがとうございました。浜田キャンパス、松江キャンパス、出雲キャンパス、いずれも地域に密着した大学であることが、皆さんのお話からもよく伝わってきました。皆さんがとても充実した学生生活を送られていたことが感じられました。ありがとうございます。それでは、フリートークに移りたいと思います。さて、白根さん、少し表情が和らいでいらっしゃいますが、学生生活の中で挑戦したことや、印象に残っているエピソードなどがあれば、お聞かせいただけますか。
白根:挑戦ということはあまり意識していませんでしたが、私たち1期生は約200人で、先生方も多く、先生方との距離がとても近かったのが印象的です。先生方も「どうやって大学を作っていくか」と模索されていて、私たち学生と一緒に大学を作り上げていく感覚がありました。卒業後も先生方との交流が続いており、1期生ならではの特権だったのかなと感じています。私は出雲市平田の出身です。出雲弁の中でも平田の方言は特に分かりにくいと言われていて、大学時代、野球部の活動でグラウンドの鍵を守衛さんに借りに行った際、「君はどこ出身だ?」と聞かれ、「平田です」と答えたら、「それは違う」と言われました。「君の言っていることが分かるから、平田出身なわけがない」と言われ、初めて平田の出雲弁が分かりにくいことを知りました。同じ島根県内でも方言や文化の違いがあり、カルチャーショックを受けたのを覚えています。現在は出雲と西部の両方を担当していますが、それぞれの地域で空気感や雰囲気の違いを感じながら仕事ができていることを、嬉しく思っています。
西田:ありがとうございました。では、松岡文子さん、いかがですか?何か挑戦したことや印象に残っているエピソードがあれば、お聞かせください。
松岡:私も特に挑戦というようなことはなかったのですが、白根さんのお話がとてもよく分かります。私たちも1期生で、先輩が誰もいない中でのスタートでした。先生方はすでに揃っていましたが、まだ着任されていない先生もいらっしゃいました。私はよく先生方の研究室を訪ねて、いろいろなお話をしに行っていました。どの先生も快く迎えてくださり、お茶やお菓子をいただきながら、ざっくばらんに話す時間がとても楽しかったです。当時は気づきませんでしたが、今振り返ると、実はとても著名な先生方だったのだと感じます。当時の学長は常松徳五郎先生で、学生の間では「徳ちゃん」と呼んで親しまれていました。徳ちゃんは一畑電鉄で通勤されていて、私たちが出雲市内に遊びに行く時に電車で一緒になると、飲みに連れて行ってくれることもありました。先生方との距離がとても近く、みんなの顔や名前も分かる、そんな温かい雰囲気がありました。学年が上がると、看護学科は国家試験が控えています。3年生の12月ごろまで実習が続き、2月末か3月に国家試験がありました。みんなで集まって勉強し、大変でしたが仲間がいたからこそ頑張れたと思います。専攻科に進学した時も1期生で、国家試験が終わった後に専攻科の入学試験があり、卒業旅行に行く友人たちを横目に、受験を控えた仲間と夜遅くまで勉強したのも良い思い出です。その時に使っていた問題集や参考書は、今でも自分の大切な財産になっています。たくさん書き込みをして分厚くなった参考書を見ると、当時の努力や仲間との時間が思い出されます。
西田:ありがとうございます。常に挑戦ですね。山脇さん、いかがですか?
山脇:私自身が何か大きなチャレンジをしたというわけではありませんが、皆さんのお話を聞きながら思い出したことがあります。先ほど野球部を作られたというお話がありましたが、私の同じ英文科の同級生が、1年生の時にバスケットボール同好会を立ち上げました。当時は本当に数名しかおらず、試合ができるかどうかという状況でしたが、みんなでバスケットを楽しんだのを覚えています。昔の資料を探してみたところ、当時の「檸檬」という学友会誌が残っていました。それを見ると、2年生になった時には同好会がバスケット部に昇格しており、記憶はあまりないのですが、おそらく人数も増えて、正式な部活動として活動できるようになっていたのだと思います。自分一人で頑張ったというよりも、みんなで力を合わせて作り上げていった経験が印象に残っています。
西田:学長、勉強だけじゃなく、サークル活動をはじめ、友人や先生方の存在も大きかったようですね!
山下:今ちょうどお話を聞いていて思い出したのですが、女子短大の頃、「ワンダーフォーゲル部」ってありましたよね。
山脇:ありました。
山下:今ふと思い出したのですが、その「ワンダーフォーゲル部」と一緒に、北山という山で北山縦走をしたことがありました。その時のことは今でもよく覚えています。私は1年生で、2年生の先輩方がいらっしゃって、まるでお姉さんのようにいろいろ面白い話をしてくださったのが印象的でした。とても多くの人数で、キャンプファイヤーのような楽しい思い出もありました。
山脇:ワンダーフォーゲル部には、長い歴史があったと思います。
山下:白根さんは野球部などで非常に頑張っておられ、松岡さんもそうですが、先輩がいないというのは、かなり大きなことです。先輩がいれば、そのノウハウを聞くことができますが、それがない中で、まさに挑戦を続けているという状況ですね。松岡さんのクラスは、私は直接見ていませんが、当時の卒業生のレベルは非常に高かったと思います。女子短期大学の時代も、レベルが非常に高くて、一緒に話していても、ワンダーフォーゲル部の多くの人たちと話していて、「よく知ってるな」「よく勉強してるな」と思ったこともあります。良い意味で、時とともに大学が変わってきたというか、それ以上に学生の層が変わってきたと感じますね。3人の楽しそうな話を聞いて、大学をより良くしようという気持ちを、少し力強くいただいた気がします。
西田:本当に皆さんが挑戦してきたことや、ご友人との関係などを伺って、非常に濃密な学生生活を送られていたのだなと感じました。ありがとうございました。それでは、続いてのテーマに移らせていただきます。次のテーマは、「現在のお仕事と大学との繋がり」についてです。先ほどのお話とも重なる部分があるかと思いますが、皆さんそれぞれ異なる分野でご活躍されています。今のお仕事に、大学で学んだことや経験がどのように生かされているかなどを、お話しいただければと思います。まずは、松岡さんからお願いできますでしょうか。
松岡:私は専門が看護なので、仕事に直結しているという点では、大学で学んだことはすべて今の仕事に関係していると言えると思います。ただ、学生の頃に真面目に勉強していたかと言われると、そうでもなかったかもしれません。成績も特別良かったわけではなく、それなりに頑張ってはいましたが、「まあそれなりだったかな」と思っています。先ほども少し触れましたが、出雲弁については学生時代にかなり鍛えられて、就職してからはエキスパートに近づいてきたように思います。もう20年以上になりますね。地元よりも出雲で過ごした時間の方が長くなってしまいました。それだけ長くいると、出雲弁もだいぶ磨かれたなと感じます。ご縁があって、私は病院で5年ほど働いた後、県立大学がまだ4年制になる前の短期大学部の時代に、教員として出雲キャンパスに戻らせていただきました。その時は6年間教員を務めていて、山下先生とも一緒に働かせていただきました。その6年間で教えていた学生たちと、今また一緒に働いています。卒業生が病院で私に会った時、「先生」と呼んでくれるんですが、同じフロアで働いている人の中には「松岡さんって呼べません」と言う人もいます。「先生だったので、松岡さんって呼べません」と。私は「いいですよ、松岡さんって呼んでください」と言っているんですけどね。卒業生が成長していく姿を間近で見られるのは、本当に素晴らしいことだと思います。自分自身も成長しているのかもしれませんが、卒業生の成長を実感できるのはとても嬉しいです。今の学生さんも実習で受け入れているので、そうした関わりの中で、私は新人さんよりも学生が好きなんです。学生の教育の方が好きだと言ったら怒られるかもしれませんが、学生さんは本当に可愛いなと思います。いつもフレッシュで、若くて、夢があっていいなと感じます。看護を学んでいるとはいえ、看護だけではないと思っています。選択肢はいろいろあっていいなと思いながら、学生さんを見ています。私はまだ「おばあちゃん」には早いので、「お母さん」気分で学生さんを見ているんですけど、若くていいな、目がキラキラしてるなと思いながら、病院で学生さんと接しています。そんな感じですかね。仕事に直結しているので、私は分かりやすい方だと思います。
西田:ありがとうございます。ご自身が教えられた生徒さんと一緒に働けるというのは、やはり地元に残っているからこそ実現できることですよね。本当に素敵なお話でした。ありがとうございます。それでは、山脇さん、お願いできますでしょうか。
山脇:はい。現在の仕事は銀行勤務で、鳥取県庁支店の支店長、いわゆる統括の役割を担っています。大学で学んだことが、学業の面で直接仕事に結びついているかというと、正直なところ、それほど多くはないかもしれません。ただ、今の支店は県庁の庁舎内にあるという少し特殊な環境にあり、通常の店舗とは違った業務があります。もちろん一般のお客様のご来店もありますが、行政の近くに位置していることで、行政の施策を伺いながら、それに対して金融機関としてどのように役立てるか、どう協力できるか、どう繋げていくかを本部と連携しながら考えるのが、現在の主な業務になっています。このような仕事では、一人でできることはほとんどなく、周囲の力を借りながら、さまざまな人と協力してようやく成り立つということを、鳥取県庁支店に来てから特に強く感じています。そうした「協力して何かを成し遂げる」という姿勢は、短大時代に友人たちと勉強したり、遊んだりしながら築いてきたものと通じる部分があると感じています。みんなでコミュニケーションを取りながら、課題を解決していくという経験が、今の仕事にも活かされていると思います。
西田:一人ではなく、みんなの力を合わせて取り組むという姿勢が、今のお仕事にも活かされているのだと感じました。ありがとうございます。それでは、白根さん、いかがでしょうか。
白根:現在テレビ局で働いています。本社では制作や報道など部署が分かれているのですが、私がいる支社では、基本的に一人のマネージャー体制で業務を行っています。浜田にも営業担当が一人いて、営業が中心の業務を担っていますが、カメラマンが少し加わるなど、小規模な支社です。そのため、テレビコマーシャルの営業だけでなく、地域の方々から「取材してほしい」といった依頼を受けることもあります。浜田を担当している関係で、県立大学の取材やコマーシャル制作など、テレビを使ったPRを通じて大学とのつながりも持たせていただいています。大学時代には地域の皆さんに支えていただいた経験があり、今もその頃お世話になった方々が地元にいらっしゃるので、そうした方々とコミュニケーションを取りながら仕事につなげていくという、少し特殊なスタイルで仕事をしています。町の人と一緒に何かを作っていく、そんな仕事の仕方だと思っています。大学での学びが生かされていると感じるのは、「何もないところから作る」という経験があったことです。今のテレビ業界は、テレビだけで事業を展開するのが難しくなってきていて、テレビの経験を活かしながら新しい事業に取り組む必要があります。そうした中で、「獣道を作る」というような、ゼロから考えて形にしていく力が求められます。大学時代にそうした経験を積んだことで、今の仕事にも活かされていると感じています。地域の方々と一緒に仕事をしたり、大学と連携してビジネスを展開したりする機会もあり、今後会社で新しい事業を立ち上げる際にも、大学時代の経験が土台になるのではないかと思っています。
西田:そうですよね。地域の方々に支えられている大学でもありますから、そうしたつながりが今の仕事にも活かされているのだと思います。学長、皆さんのお話を聞いて、いかがでしたか?
山下:今のお話を聞いていても、大学での学びが直接的に仕事に結びついているケースもあれば、そうでないケースもあることがよく分かります。たとえば、看護や栄養、保育といった専門分野は、学んだ知識が仕事に直結している部分が非常に強いと思います。一方で、白根さんのように、今の仕事が大学での学びと直接結びついているわけではなくても、「学ぶ姿勢」や「課題に向き合う力」、そして「何もないところから作り出す力」といったものは、大学生活の中で培われたものだと感じます。こうした「課題解決ができる人材の育成」は、大学の大きな柱のひとつです。大学と社会は決して離れた存在ではなく、むしろ社会を生き抜くための礎を築く場であるということを、今日、皆さんのお話を聞いて改めて実感しました。
西田:ありがとうございます。ここからはフリートークの時間になります。皆さんのお話を伺って、改めて感じたのは、大学時代に地域の方々とのつながりがあったからこそ、白根さんのお話にもありましたように、学生も地域の皆さんの顔を知っていて、地域の皆さんも学生の顔を知っている。だからこそ、就職した後にも助けていただける場面があるんですよね。
白根:具体的な話をすると、大学時代に野球部のユニフォームを作っていたスポーツ店がありました。そのお店は今はスポーツ事業をやめられているのですが、ある時、浜田の焼肉屋で、そのお店の方(弟さん)と偶然お会いしたんです。そこで「CMをやりたいから、ちょっと話を聞いてくれ」と言われ、その場でCMの話が決まったんですよ。その時、「お前、ユニフォーム作ってたやつだろ?」って言われて。大学時代に関わった人とのつながりが、今の仕事にも活きていると感じた瞬間でした。やっぱり覚えていてくださるんですよね。また、西田さんの会社の社長である福浜さんも、もともとは商店街でスタンプ会をされていて、大学の売店にも関わっておられました。僕はその頃から四半世紀にわたってお世話になっています。さんいん中央テレビの浜田支社はいわみケーブルテレビさんと同じ建物に入っているのですが、地上波のテレビ局として山陰全体を対象にしている一方で、ケーブルテレビはより地域に密着したメディアです。そうした中で、地上波とケーブルが連携して企画を立てることで、地域の皆さんに役立つ映像発信ができるのではないかと考えています。こうした取り組みも、元をたどれば大学時代の経験や、人とのつながりがあってこそだと思います。大学で築いた関係が、今の仕事の土台になっていると実感しています。
西田:ありがとうございます。山脇さんも、地域の方に支えられていると感じることはありますか?
山脇:もちろんです。今の支店は少し特殊で、県庁の庁舎内にあるということもあり、地域の方々との関わりが非常に深いです。銀行に来られるお客様は、ほとんどが地域の方々ですので、そうした方々に選んでいただいていることは本当にありがたく、感謝しています。その一方で、「では、私たちはどうやって地域のお役に立てるのか?」ということを常に考えています。学長もおっしゃっていましたが、今の地域社会は人口減少や事業の縮小、事業承継の難しさなど、さまざまな課題を抱えています。そうした課題をどう見つけ、どう解決していくかというところに、地域金融機関として少しでもお手伝いできることを日々考えています。そうすることで、地域に新たな雇用が生まれたり、卒業生が地元で就職して活躍できるような土壌が整っていけば、それが一番良い形だと思っています。
西田:ありがとうございます。松岡さん、いかがですか?地域の方に支えられているなと感じることはありますか?
松岡:そうですね。私が勤務している病院も、地域密着型の県立病院ですので、地域の方々を対象とした医療を担っているという使命があります。患者さんはすべて地域の方々です。ただ、私たちは病院という建物の中にいて、患者さんがそこへ来られるという形なので、こちらから地域へ出向く機会は少ないのが現状です。今私は外来を担当しているのですが、最近は入院期間がどんどん短くなってきています。まだ医療的な処置や支援が必要だと思われる方でも、国の政策などの影響で退院せざるを得ない状況があります。そうした中で、外来通院される方がきちんと自宅で療養生活を送れているか、お薬をきちんと飲めているかなどを確認することが、外来看護師の大切な役割だと強く感じています。再入院を防ぐためにも、在宅での生活が少しでも長く続けられるように、私たちができる限りの支援をしていく必要があります。スタッフにとっては負担もありますが、「患者さんの話をしっかり聞くこと」「その内容をきちんと記録に残すこと」を徹底するようにしています。入院された場合でも、外来時の生活状況が病棟の看護師にも伝わるように、情報共有の仕組みづくりにも力を入れています。そういう意味では、地域で暮らす人々の生活を支えるという点で、私たち看護師は非常に重要な役割を担っていると感じています。
西田:地域連携って、まさに今の皆さんのお話に通じる部分ですよね。ありがとうございます。先ほど、学長もおっしゃっていましたが、「学ぶ姿勢」や「課題に向き合う力」があるからこそ、地域の皆さんが卒業後も助けてくれたり、つながってくれたりするんだと思います。私自身も、つながりを感じる場面が多くありますし、この3キャンパスの存在が、そうした関係性を築くうえで、とても大きな意味を持っているのではないかと改めて感じました。
山下:そうですね。今、AIがものすごい勢いで進化していますが、結局のところ「仕事」というのは人との付き合いなんですよね。メディアにしても、金融機関にしても、医療にしても、そこには「情」や「縁」といった、人間らしいつながりがキーワードになってくると思います。だからこそ、大学の4年間の中で、そうしたこともぜひ学んでほしいと思っています。単に知識を身につけるだけではなく、地域に出かけて行って、地域の人と交わること。そこで偶然できた縁が、何十年後にまた別の形でつながることもあります。地域の課題に対して、「銀行だから関係ない」というのではなく、金融機関もその課題に参画していく。医療も、病気が治ったから「さようなら」ではなく、その後の生活まで見守る。松岡さんが言われたように、生活の質や継続性を支えることが大切なんです。そうしないと、再入院などの問題がまた起こってしまいます。そういったことが分かるような教育を、大学の中で実現していきたいと思っています。今は、知識だけならスマートフォンひとつで調べられる時代です。たとえば「鎌倉幕府がいつできたか」なんて、昔は覚えることが重要でしたが、今は検索すればすぐに分かります。私も昔はそういう暗記が苦手で苦労しましたが、今はもっと違った視点で歴史を教えるべきだと思っています。そういう意味でも、今日の3人のお話は、学長として非常に参考になりました。ありがとうございました。
西田:ありがとうございます。人とのつながりって本当に大事ですよね。それでは、次のテーマに移らせていただきたいと思います。次のテーマは、「島根県、あるいは山陰で働くという選択」についてです。山陰に残る、あるいはUターンして戻ってくるという選択をされた皆さんには、それぞれにいろんな思いや背景があったと思います。地元に残ること、戻ってくることを選ばれた理由や、その選択に込めた思いについて、ぜひお話しいただければと思います。それでは、山脇さんからお話を伺いましょうか。
山脇:はい。短大を卒業した後は、自然と地元に帰って就職するものだと、無意識のうちに考えていたと思います。就職活動も、鳥取で働くにはどんな企業があるのかを調べながら、短大で紹介されていた企業の募集情報などを見ていた記憶があります。たまたま、ごうぎんが、短大の大講堂で就職ガイダンスを行っていて、それに参加したことが、山陰で就職するきっかけのひとつになったと思います。運よく合格することができて、鳥取に戻って就職が決まりました。初任地は、地元から通える鳥取の店舗でしたが、本店が松江にあるため、島根と鳥取を行き来することは何十年も続いています。その後、大阪に転勤となり、5年間ほど勤務した後、再び鳥取に戻ってきました。山陰と都市部の両方で生活した経験から感じるのは、若い頃はどうしても都会に目が向きがちですが、山陰にしかない魅力もたくさんあるということです。自然の豊かさや人の温かさなど、両方を経験したからこそ、地元の良さを改めて強く感じました。今ではインターネットの普及により、場所を選ばずに仕事ができる時代です。そうした中で、山陰には実は非常に魅力的なものが多くあって、ここに住む私たちは気付いていなくても、外から見ると大きな価値を見出されることが多々あります。たとえば、鳥取には「何もない」と思われがちですが、その“何もない”ことが実は価値になっていて、海外から遠征に来るスポーツ選手が「事前キャンプを張りたい」と言ってくださることもあります。何もないことがデメリットではなく、むしろ魅力になるということを実感しました。松江には歴史や文化も豊富にありますし、そうした地域の魅力に目を向けることで、海外にも発信できるものがあると感じています。他地域に負けないブランディングも可能だと思います。このような経験を通じて、「地元でも十分に仕事ができる」、「地元だからできる仕事がある」ということを、これから卒業していく学生の皆さんに伝えていけたらと、今回の企画を通じて改めて感じました。
西田:山脇さんのお話からは、地元への愛着がとても強く伝わってきました。そうした思いが、次の世代の方々にも受け継がれていくといいですよね。それでは続いて、白根さんにお話を伺いたいと思います。白根さんは、一度都会に出られてから地元に戻ってこられたご経験がありますが、この地域で働くという選択について、どのように感じていらっしゃいますか?
白根:大学までは島根県で過ごしていたので、「島根しか知らないままでいいのかな」という思いがあり、関東へ出ることを決めました。神奈川県川崎市にあるシステム開発会社で営業職として10年間勤務しました。もともとITが得意だったわけではなく、むしろ苦手意識があったのですが、当時は企業がどんどんITを導入していた時期で、「知らなければいけない」と感じていました。苦手な分野だからこそ、仕事にしてしまえば強制的に学べるのではと思い、IT業界を選びました。システムはどの業界にも導入されているので、営業を通じてさまざまな業界の方と出会い、学ぶことができるのではないかという期待もありました。また、違う環境に身を置きたいという思いもあり、関東での勤務を選びました。島根出身ということもあり、いつかは地元に戻って何か仕事をしたいという気持ちはずっと持っていました。地域の皆さんに役立つことができればという思いがあり、縁あって現在の会社、さんいん中央テレビに入社し、さまざまな仕事をさせていただいています。テレビの仕事は、取材して放送するだけでなく、営業として企業の方々と関わる機会も多く、企業同士をつなげたり、新しいアイデアや力が生まれる場面に立ち会うこともあります。自分が前に出るというよりは、裏方として支えるような役割ができればと思っています。IT業界での経験も活かされています。私はプログラムは読めませんが、営業としてシステムの概要を理解し、エンジニアたちの要望を調整しながらプロジェクトをまとめるという仕事をしていました。人をまとめて、ひとつの方向に向かわせるという役割は、今の仕事にも通じる部分があります。特にローカルな地域では、「自分たちが」という意識が強く、まとまりきらないこともあります。だからこそ、異なる価値観や思惑を持つ人たちをひとつにまとめ、同じ方向に導いていく「旗振り役」のような存在が必要だと思っています。テレビの仕事を通じて、さまざまな人と関わることができるので、皆さんのお悩みを聞きながら、テレビだけでなく、今では他の事業にも取り組み始めています。そうした活動を通じて、地域のお役に立てればと思っています。
西田:白根さんが地元に戻ってこられた経緯について、「帰ろう」と思った一番のきっかけは、何だったのでしょうか?
白根:「戻るもんだろうな」という感覚が、もう自分の中に染みついていたというか、DNAに刻まれていたような気がします。強い決意というよりは、自然とそう思っていた感じですね。実は、東京でも島根県出身者の集まりが結構あって、そうした場で地元を感じることができたのも大きかったです。だから、「いつか戻るんだろうな」「戻って何かするんだろうな」という思いは、ずっと漠然と持っていました。その中で、ちょうど良いタイミングが訪れて、地元に戻ることになったというのが、実際の流れです。
西田:ありがとうございます。それでは、松岡さん、お願いできますか。地元で働くという選択について、背景や思いなどをぜひお聞かせください。
松岡:私は、さっきも少しお話ししましたが、かなりの“ド田舎”の出身で、幼少期は野山を駆け巡るような、まるで野生児のような生活をしていました。そんな環境で育ったこともあり、都会で暮らすのは無理だと、初めから思っていたんです。都会に出るという選択肢は、私の中には最初からありませんでした。遊びに行くくらいならいいけれど、住むなんてとても考えられない、という感覚でした。進学先が島根県だったこともあり、実習も今勤務している病院で行っていたので、「就職するならここかな」と自然に思っていました。他の選択肢はあまり考えていなかったですね。ただ、学生の頃は養護教諭になりたくて、教員採用試験を鳥取県で受けたことがあります。結果は不合格で、講師として何年か経験を積んでから再挑戦する道もありましたが、その時すでに病院の採用試験にも合格していて、講師をするか病院に就職するかの選択を迫られました。養護教諭になるにしても、看護の現場経験は必要だろうと思い、まずは看護師として働こうと決めました。結局、教員採用試験の再挑戦はせず、そのまま看護師としての道を歩んできました。出雲には海も山もあり、大社も大好きです。空気が違うんですよね。そういう自然が本当に好きですし、人も温かくて、周りの方々に助けられたり、可愛がっていただいたりして、ここを離れるという選択肢は私にはありませんでした。「ここでずっと働けたらいいな」と思っています。山脇さんもおっしゃっていましたが、今まで「ないものねだり」で「あれもない、これもない」と思っていたけれど、実は良いところがたくさんあるんですよね。都会には住んだことはありませんが、遊びに行くことはあります。都会の人たちからは「行ってみたい、いいところだね」と言われることもあって、私たちの暮らす場所には、心の豊かさや自然とのふれあいがあると感じます。都会では隣の人と話さないというイメージがありますが、ここではそんなことはなく、みんなで「一緒にやっていきましょう」という雰囲気があります。そういうところがすごく好きですし、山陰に残るという選択は、私にとっては自然なものでした。今振り返っても、「出る」という選択肢はなかったなと思っています。
西田:ありがとうございます。皆さんのお話を聞いていて、改めてみなさんの中に、地元への強い愛着があるのだなと、深く感じました。学長、いかがでしょうか?
山下:現在、大学の大きな目標として、県内の高校生の入学比率を55%に引き上げること、そして県内就職率を50%にすることを掲げています。「島根県、山陰で働くという選択」というテーマは、私自身も非常に重要だと感じており、皆さんのお話を伺いながら、在校生の皆さんがどうすれば島根、山陰で働くという選択をしてくれるかを考えています。また、県外の高校を卒業して本学に入学された学生の中にも、島根、山陰で働くという選択をする方が徐々に増えてきています。これは非常に大きな変化です。その背景には、企業とのインターンシップの存在があります。インターンシップを通じて、山陰の文化や歴史、そして企業の魅力に触れることで、県外出身の学生が島根に残るという選択をしてくれるようになっているのです。これは大学だけでは実現できないことであり、企業の皆さんのご協力があってこそ可能になります。インターンシップという仕組みが、今少しずつ広がってきており、非常に重要な取り組みだと感じています。また、白根さんはUターンで島根に戻ってこられましたが、現在、島根県ではUターン・Iターンの数が年間で約3,500人から4,000人にのぼっています。これは島根県が非常に頑張っている証です。ただ一方で、人口減少の問題もあります。18歳で県外に出てしまったり、大学進学時に県外へ行ってしまうケースも多く、18歳・22歳のタイミングで人口が流出しているのが現状です。この2つの人口流出に対して、大学としてしっかりと機能し、山陰や島根で働くという選択肢を高校生も含めて提示していきたいと考えています。今日は3人の方のお話を伺いましたが、松岡さんは県外から島根に来てくださり、山脇さんは鳥取を中心に山陰で働いておられ、白根さんはUターンで島根に戻ってこられました。それぞれ異なるパターンですが、こうした多様な選択肢があることを改めて認識し、在校生の皆さんにも「島根、山陰で働く」という選択肢をしっかりと提示していきたいと思っています。
西田:そうですよね。ありがとうございました。山脇さんのお話の中で、「この地域にはいいところがたくさんある」という言葉が印象的でした。地元に住んでいる方ほど、その良さに気づきにくいのかもしれません。逆に、外から来た人や一度外に出て戻ってきた人のほうが、地元の魅力を改めて感じることが多いのだなと、実感しました。今日、山陰に残ってお仕事をされている皆さんのお話を伺って、何度も言いますが、やはり地元への愛着がとても強いと感じました。また、学長のお話からも、地域・学校・企業が連携して人材を育てていくことの大切さを改めて感じました。ありがとうございます。それではここからは、フリートークの時間とさせていただきたいと思います。皆さんのお話を聞いていて、「仕事を通じて地域の方々のお役に立ちたい」という思いを強く持っておられるのだなと感じました。白根さん、いかがでしょうか?
白根:そうですね、この土地に生まれたので、何かしらの形で地元に恩返しができたらという思いがあります。私の仕事は、どちらかというと技術職ではなく、人をまとめたり、調整したりするような役割が中心です。そうした中で、地元にいる“スペシャルな人たち”をうまくまとめて、一つの大きな力を生み出すことができればいいなと。そういう形で地域に貢献できるのであれば、とても嬉しいですし、そうしたお手伝いができればと思っています。
西田:ありがとうございます。山脇さん、いかがでしょうか?
山脇:先ほど学長がお話しされていた、「企業がもっと一緒になって取り組んでいかないといけない」という言葉がとても印象に残っています。確かに、山陰にもたくさんの企業がありますが、学生さんたちにとっては、どんな仕事をしているのか、どんなことをやっているのかが、なかなか伝わりにくいのではないかと思います。だからこそ、そうした情報をどうやって伝えていくか、伝える場をどう作っていくかが非常に重要だと感じています。学生さんが実際に体験することで、「山陰に残って働こう」「島根や鳥取で就職しよう」といった選択につながっていくのではないでしょうか。そういった取り組みに、私たち金融機関もできる限りお役に立てるようにしていかなければならないと、改めて思いました。
西田:ありがとうございます。松岡さんはご出身が鳥取ですが、出雲や松江での生活のほうがもう長くなってきていますよね。
松岡:私は出雲での生活が長く、松江には県立の病院勤務の関係で住んでいたことがあります。たまたまですが、県庁にも3年間ほど出向させていただき、行政にも携わる機会がありました。その間、県内の病院の看護部長さん方とお会いする機会も多く、さまざまなお話を伺いました。また、大学ではなく専門学校の看護学科や準看護師の学校も含めて、県内の看護系の学校をすべて回りました。六日市病院やそこの準看学校など、今はなくなってしまった施設も含めて、県内全域を回った経験があります。鳥取出身でありながら、島根県のことを一生懸命やっているなと、自分でも思うことがあります。その中で感じたのは、やはり「横のつながり」がこれからもっと必要になるということです。先日の研修会でも話題になりましたが、18歳人口がどんどん減少している中で、どの病院も学生の確保に苦労しています。そのため、「うちの病院に来てもらう」ではなく、「島根県に残ってもらうにはどうしたらいいか」という視点で考える必要があると、他の病院の方々とも話し合いました。「うちの病院だけが良ければいい」という考えではなく、もっと広い視野で県全体を見ていくことが大切だと思います。今後は病院の統廃合も進む可能性があり、うちの病院も大きいからといって安泰とは限らないという危機感も持っています。だからこそ、「どうやって島根県に人を残すか」を真剣に考えていかなければならないと思っています。うちは実習病院でもあるので、学生さんが来てくださるのですが、その分、普段の様子を見られてしまいます。インターンシップの時だけ取り繕っても意味がなく、日常の忙しさや手が回らない部分も見られます。それでも「この病院で働きたい」と思ってもらえるような姿勢を見せていくことが、非常に重要だと感じています。そして、病院単位ではなく、もっと広い視野で考えることも必要だと改めて思っています。
西田:学長、今のお話を聞いて、いかがでしょうか?
山下:はい。今のお話も含めて、「島根で働く、山陰で働く」ということについて、私が特に重要だと考えている点を3つ挙げたいと思います。まず1点目は、県内の高校生をいかに多く本学に迎えるかということです。これは「島根で働く、山陰で働く」ということに直結していて、地元の高校生が地元の大学に進学し、地元で就職するという流れが非常に重要です。そのためには、島根県立大学がどのような入試制度を設けるべきか、高校と連携してどんな入試改革を進めるべきかという課題に行き着きます。現在、入試改革に力を入れており、公立大学の中でも最先端を走っていると自負しています。地元の高校生が受験しやすい入試制度を整えていくことが、大学の大きな使命の一つです。2点目は、受け皿の整備です。「島根で働く、山陰で働く」ためには、県内に働く場、つまり受け皿がなければなりません。これは県や企業に任せるだけではなく、大学自身が企業と連携し、受け皿を作るところまで関わっていく必要があります。企業を呼び込む力のある大学でなければならない。教育や研究だけを行うのではなく、企業とつながり、学生が働ける場を創出することが、大学の使命だと考えています。そして3点目は、海外経験を通じた地元の再認識です。皆さんが島根や出雲の文化・歴史について語ってくださっていますが、一度外に出てみることで、改めて地元の良さを実感することができます。そのため、本学では海外研修や短期留学に力を入れています。例えば、出雲キャンパスではアメリカ、台湾、韓国への研修があり、松江キャンパスでは今年からタイへの研修が始まり、32人が参加しました。来年度からはインドネシアも加わります。浜田キャンパスではアメリカ、中国、マレーシアなどへの研修が予定されています。このような体験を、感受性の高い大学4年間のうちに経験することで、地元の価値を再認識するきっかけになると考えています。もちろん、海外研修には費用の問題もありますが、企業からの寄付金や、大学が取り組んでいる商品開発の売上の一部を活用するなど、資金面でも工夫をしています。大学が果たすべき役割は、教育や研究にとどまらず、こうしたシステムを構築し、「山陰で働く」という選択を学生に提示できるよう努力していくことです。そのために、インターンシップやキャリア教育にも力を入れており、学長補佐を任命して体制を整えています。
西田:ありがとうございます。大学・地域・企業の連携に加えて、やはり高校との連携もとても大切ですよね。先ほどお話しした、私が参加したワークショップの件ですが、その中に「高校時代に海外留学を経験した」という方がいらっしゃいました。その方は現地で「このまま海外の大学に進学しようか、それとも日本に帰ろうか」と悩んでいたそうです。そのとき、現地の方から「あなたの国の良いところは?」「あなたの地元の良いところは?」と聞かれたそうなのですが、うまく答えられなかったそうです。それがきっかけで、「もう一度日本に帰って、自分の地元を見直したい」と思い、帰国して現在はまちづくりに取り組まれているとのことでした。その話がとても印象的で、私自身も大変勉強になりました。こうした方々は、実は地元にもたくさんいらっしゃるんですよね。
白根:そうですね。やっぱり、外に出てみて初めて地元の良さに気づくということはありますよね。僕も関東に少し出ていたことがありますが、そこで改めて地元の価値を感じることがありました。そういえば、日本の果物ってすごく甘くて美味しいらしいですね。海外の方からも「日本の果物は甘い」と言われることがあるようで、そういうところにも日本の良さが表れているのかなと思います。海外の方からすると、それがすごく驚きのようですが、地元の農家の方にとっては「当たり前に作っているもの」なので、何がすごいのかが分からないということもあるようです。つまり、自分ができることは“当たり前”で、“すごいこと”ではないと感じてしまう。でも、外から見るとそれがすごいことなんですよね。そういう価値って、逆輸入的に気づかされることが多いと思います。たとえば、プログラミング言語の「Ruby」も確か島根が発祥ですよね。それも一度外に出て、巡り巡って地元に戻ってきたことで、価値が再認識された例だと思います。案外、地元に住んでいる人たちが、自分の地域の魅力を誇れていないというか、気づいていないことが多いのかもしれません。だからこそ、どうやってその魅力を“くすぐって”いくかが大事なんだと思います。周りから褒められると嬉しいですし、海外で流行って、東京で流行って、そして田舎で流行る――そんな流れもありますよね。最初から自分のことを自慢できるような価値観が根付いていくと、もっと地域の魅力を発信できるようになるんじゃないかと思います。
西田:そうですね。ありがとうございます。
山脇:お二人がおっしゃったように、海外を見てから改めて自分の職場や地域――島根や鳥取――を見直すという視点は、とても大切だと思います。世界から見て日本がどう見られているのかを知ることは、若い世代にとって良い刺激になりますし、できれば若いうちにそうした経験をしてほしいですね。さっきのフルーツの話にもありましたが、周りに価値あるものがあっても、それが“当たり前”になってしまって気づかないことって、まだまだたくさんあると思うんです。だからこそ、「これは価値があることなんだよ」と周囲が気づかせてあげることが大切です。本人が気づいていない場合でも、周りが教えてあげることで、その価値に気づき、さらに付加価値をつけて発展させていく――そうした流れが非常に重要だと感じています。
西田:ありがとうございます。さて、今回のテーマは「島根県、山陰で働くという選択」について、皆さんにお話を伺ってきました。そこで改めてお聞きしたいのですが、皆さんはこれからも地域、つまり山陰・島根で働き続けたいと思われますか?
松岡:そうですね。あまり山陰から出ることはないんじゃないかなと思っています。ちょっと話がそれるかもしれませんが、先ほどタイの話が出ましたよね。実は今、私タイにすごく興味があって、まだ行ったことはないんですけど、いつかタイに住んでみたいなという夢があります。ただ、今すぐどうこうというわけではなくて、「働く」という観点で言えば、しばらくは山陰にいると思います。やっぱり外に出てみて、改めて山陰を見るという視点はとても大事だと私も思っています。私自身も病院を離れて初めて、病院の良さに気づいたという経験があります。中にいると、なかなかその価値に気づきにくいものですが、外に出ることで見えてくるものがあるんですよね。先生のお話を聞いて、改めてその視点の大切さを感じました。
西田:ありがとうございます。山脇さん、いかがでしょうか?
山脇:今後も地元で働き続けると思いますし、私自身も年齢的にそれなりの年になってきましたので、最近は「地元にどう恩返しができるか」「どう貢献できるか」ということを考えるようになりました。大きな枠組みで考えるというよりは、たとえば自分の住んでいる地域の周りで、何かできることはないか――そんな視点で考えるようになっています。今後も引き続き、鳥取で勤務を続けていくことになると思います。
西田:ありがとうございます。それでは、白根さん、いかがでしょうか?
白根:私もおそらく今後も島根で働くことになると思います。島根のような地域は「課題先進県」とも言える存在で、日本全体でこれから起こることが、地方では先に起こることが多いと感じています。だからこそ、ここには“可能性しかない”と思っていて、島根でうまくいったモデルが、日本全国の地域課題を解決する一つのきっかけになるのではないかと考えています。そういう意味で、ローカルに根ざして、一つひとつの課題を丁寧に解決していくことが、やがて体系化されて、県外の皆さんにも役立つような取り組みにつながるのではないかと思っています。地元にいるからこそ、今後の日本の最先端の課題に取り組めるという認識を持っていて、そうした気持ちで仕事に向き合えるのはありがたいことです。ですので、これからも島根、そして山陰で働き続けられるといいなと思っています。
西田:ありがとうございました。皆さんから貴重なお話、ご意見をいただき、本当にありがとうございました。そろそろお時間も迫ってまいりましたので、最後のテーマに移りたいと思います。最後のテーマは、在学生や高校生へのメッセージです。それぞれの立場から、若い世代に向けてぜひメッセージをいただければと思います。それでは、白根さんからお願いできますでしょうか。
白根:少しありきたりかもしれませんが、まずは「いろんな経験をしてほしい」ということを伝えたいです。それは「好き・嫌い」で判断するのではなく、まずは飛び込んでみること。やってみた結果、「好きだから続ける」ということもありますし、「得意じゃないと思っていたけど、意外と向いていた」ということもあります。だからこそ、まずは一歩を踏み出すことが大切だと思います。学生の皆さんは、勉強や日々の生活の中で「正しい答え」を探しがちですが、社会に出ると「答えがないこと」がむしろ当たり前になります。その都度、自分で答えを出していく――そういう作業が求められるんです。だからこそ、学生時代には「自分の考えとは違う意見も正しいかもしれない」といった視点を持ちながら、周囲から学び、自分の軸を固めていく訓練をしてほしいと思います。以前、リクルート向けの動画で「どういう人材が欲しいですか?」と聞かれたとき、思いつきで答えたのですが、「こういう人材」というよりも、「変化に気づき、変化に対応できる人」が、どんな場所でも活躍できるのではないかと思っています。そのためには、いろんなことを知っておく必要があります。つまり、小さなことでも、不得意なことでも、まずはチャレンジしてみることが大事です。学生の皆さんには時間があります。だからこそ、大小問わず、できることから挑戦してみてほしいと思います。
西田:ありがとうございました。それでは続いて、松岡さん、お願いします。
松岡:皆さんのお話を聞いて振り返ってみて、大学時代に経験した家庭訪問のことを思い出しました。古い家屋など、バリアフリーではない住環境を実際に見る機会があったことは、今振り返るととても大切な経験だったと思っています。患者さんがどのような場所で生活しているのか、具体的なイメージが湧きやすくなりますし、生活指導をする際にも「家に帰ったらこんなことが起こるかもしれない」といった気づきが得られ、質問にもつなげやすくなります。大学時代には月に1回ほどのペースで家庭訪問に行っていたのですが、学内だけの学びでは得られない、貴重な体験だったと感じています。実習だけでなく、遊びや部活動など、学業以外の活動も視点を広げるきっかけになりますし、決して無駄にはならないと思います。ですので、学生の皆さんには、実習を大切にしながらも、ぜひいろいろな体験をしてほしいと思います。卒業後すぐにうちの病院に来ていただけるのももちろんありがたいのですが、一度県外に出てから戻ってくるという選択も「あり」だと思っています。県外から来ている学生さんにとっても、島根県や病院の魅力を感じてもらえるよう、私たち受け入れる側も努力しなければならないと感じています。病院の中にいると、良いところが見えにくいこともあります。だからこそ、自分たちでもその魅力を発見できるよう、日々努力していく必要があると改めて思っています。
西田:松岡さん、ありがとうございました。それでは続いて、山脇さん、お願いします。
山脇:私は短大出身なのですが、短大は2年間しかないので、本当にあっという間なんですよね。1年生として入学して、「2年生になったらもう少し学業を楽しめるかな」と思った頃には、すぐに就職活動が始まってしまって、「時間が短いな」と感じたことを覚えています。だからこそ、短大で学んでいる学生の皆さんには、限られた時間の中で日々を大切にしながら、先ほど皆さんがおっしゃっていたように、ぜひいろいろな経験を積んでいただきたいと思っています。チャレンジすることで人間としての幅も広がりますし、その経験は必ずその後の人生に活かされてくると思います。学生だからこそできることもたくさんあります。ぜひ、いろいろなことに挑戦して、それを糧にして、人生に彩りを添えていってほしいです。また、地域の特色にも目を向けて、島根県の良いところをたくさん見つけていただきたいです。そして、「こんなに良い場所なら、ここで暮らしていこうかな」と思ってもらえたら嬉しいですね。ぜひ、頑張ってください。
西田:3名の皆さんから貴重なお話をいただき、本当にありがとうございました。皆さんに共通していたのは、「時間には限りがあるからこそ、失敗を恐れずにチャレンジしてほしい」というメッセージだったと思います。それを受けて、学長、いかがでしょうか?
山下:皆さんのご意見、まさにその通りだと思います。一点、特に重要なのは「4年間の体験」です。これは非常に大切で、皆さんがおっしゃっている通りです。この4年間をどう過ごすか。そして大学側としては、学生の皆さんにどのようなメニューを提供できるかが問われています。単に授業を受けるだけの4年間ではなく、様々な体験ができる大学であるべきです。たとえば、海外研修は非常にバラエティに富んでいますし、出雲キャンパスでは隠岐研修なども行っています。現在、学生が自分で選べるような研修システムを構築中です。体験はしっかりと積んでいただきたいと思います。また、課題解決に取り組むには、どうすればよいかというノウハウが必要です。そのために最も重要なのが「教養」です。大学の最初の段階で教養教育をしっかり行いますが、これは非常に重要な基盤になります。教養がなければ課題解決はできませんし、クリエイティブな活動も難しい。特にメディア関係の皆さんには、教養は絶対に必要だと思います。教養を基盤として、次に何を創り出していくか。それが大学での学びの本質です。専門学校とはスタイルが異なり、大学ではこの部分が非常に大きな意味を持ちます。最後に、島根県の高校生の進学状況について触れたいと思います。島根県内の大学に進学するのは、わずか2割です。残りの8割は県外に流出しています。これは本学にとって大きな課題です。せっかく県立大学があるのに、県外に出てしまうのは非常にもったいない。ですので、高校の先生方には本学の魅力をぜひ伝えていただきたいと思っています。先ほど、高校の先生の勧めで女子短大に進学したという話がありましたが、まさにそのような働きかけが重要です。高大連携・高大接続をさらに強化していきたいと考えており、そのために学長補佐も1名配置しています。本学に入学すれば、皆さんが述べられたように、様々な体験や経験ができ、何もないところから挑戦することも可能です。自分で新たな目標を立てることもできます。都会の大学にはない魅力を、もっと発信していきたいと思っています。この「ORORIN」をご覧になった方には、ぜひ本学を目指していただきたいと心から願っています。
西田:ありがとうございます。学長、本日は誠にありがとうございました。卒業生の皆さん、そして学長からも、貴重なお話をたくさん伺うことができました。心より感謝申し上げます。大学での学びが社会でどのように活かされるのか、そして島根で、山陰で働くことの意味など、在学生や高校生にとって本当に大きなヒントになったのではないかと思います。それでは最後に、学長より、改めて在学生、そして高校生の皆さんへ向けたメッセージとご挨拶をお願いします。
山下:本日は、3つのキャンパスを代表する卒業生の皆さんから、学生時代の思い出や現在のお仕事につながるエピソードなど、さまざまなお話を伺うことができました。授業はもちろんですが、仲間との出会いや地域の方々との交流、そして挑戦の経験などが、在学中の人生の大きな支えになっていることが伝わってきました。また、社会に出てからも、大学で得た学びが生き続けていることを、3人のお話から実感しました。学び続ける姿勢や、前向きに課題に向き合う力——そうした力が、皆さんを支えているのだと改めて感じました。大学は、社会へ踏み出すための準備の場です。未来につながる大切な4年間であり、大学生活は自分自身を大きく広げる貴重な時間です。どうか恐れずに一歩を踏み出し、その時間を大切に過ごしていただきたいと思います。私たち大学側も、皆さんの挑戦を全力で応援していきます。今日の座談会を通して、卒業生の皆さんの歩みが、本学の教育の力を証明してくださっていることを強く感じました。お話しくださった卒業生の皆さんに、心より感謝申し上げます。そしてこの記事をご覧の皆さんが、先輩たちの言葉から未来へ進む勇気を受け取ってくださることを、心から願っております。
西田:学長、ありがとうございました。それでは、以上をもちまして「学長と3キャンパス卒業生座談会」を結びとさせていただきます。ご参加いただきました皆さん、貴重なお時間を誠にありがとうございました。本日のご縁を大切にしながら、今後のお仕事や活動にもぜひ活かしていただければと思っております。改めまして、ありがとうございました。
※肩書は2025年8月当時のものです。